気づきの素
ふとした言葉から何か「気づき」を得て、物事が大きく動き出すことって、時々ある。
世の中にちりばめられてるいろんな言葉を、あるルールで組み合わせることで、何か気づきのきっかけにならないか、というソフトがある。
私もちょっとだけ噛んでるので、興味をお持ちの方、特にiPhoneユーザーはぜひごらんあれ。
ふとした言葉から何か「気づき」を得て、物事が大きく動き出すことって、時々ある。
世の中にちりばめられてるいろんな言葉を、あるルールで組み合わせることで、何か気づきのきっかけにならないか、というソフトがある。
私もちょっとだけ噛んでるので、興味をお持ちの方、特にiPhoneユーザーはぜひごらんあれ。
電通大の新氏のコラムで、叔父さん、叔母さんがいなくなったことによる成長機会の損失について触れている。
ウチはあまり親戚づきあいした方ではないと思うけど、それでも面白い叔父さん叔母さんや、困ったちゃんの叔父さん叔母さんなどを見て、勉強してきたと思う。
ご近所づきあいも似たような意味があろう。
学校だけを教育だと考えると、木を見て森を見ず。さらに実は森が魚を育てているらしい。
いろいろなところに気を配らないと本当の解決にはならないんだよね。
最近痛いニュースが楽しみ。
常識的に見て共感できない事件のニュースと、それに対する2chersのコメントが載っている。
例えば、2009/02/11付
『生存権訴訟 「旅行の回数減らした」「480円の刺身が買えない」「子供の散髪は年数回」』
これで生存権が脅かされているというなら「おまえはもう死んでいる」状態の人が2000万人くらい居そう。などと突っ込みたくなるでしょ!?
ともかく、ニュースも笑えるが、コメントが面白いんだ。
これ読むと、世間も結構まともだな、と思える。
# 2chersが世間を代表しているかというとまた議論はありそうだけどw
今朝、暴力事件を起こしかけた。
地下鉄駅構内にあるATMで用事を済ませ廊下に出ようと思ったところ、目の前のオッサンがおもむろに煙草に火をつけたもんだから、思わず消せと怒鳴りつけてしまった。
地下で駅構内で禁煙だと書いてあるんだから、やめろと。
地上に上がる階段を指差してそこまでだから、などと答えてきたが、そこまでなら我慢しろと言ったらそうかという顔をしてた。
しかし、それでもそのまま行こうとしたもんだから、さらにカッカと来てオッサンの手をはたいてしまったのだ。
そしたら、暴力はやめろと言われた。
暴力はやめろ、そしたらオレも煙草を消す、と。
暴力はごめんなさいと言ったら、排水溝に煙草を捨ててオッサンは去って行った。
わけのわからん問答の結果、私の目的は果たされたわけだけれども、暴力といわれて正直ショック。
まぁ、暴力といえば暴力なわけで、はたいたのは悪かったかもしれないが、ルール違反しているやつにルール違反を指摘されるという何とも情けなさ。
でも奴の破ったルールはせいぜいマナーのことで、私はあわや法律を破ることになったわけで、オッサンに感謝なのかもしれない。
なんか悔しいから、今後はもっとスマートに注意する方法を考えよう。
しかし、日本の政治家はしょぼい。
漢字も読めずそのくせヤクザ用語がつい口を突くという首相もそうだし、二言目には退陣!解散!政権交代とばかり叫んで政策でまずは国民を唸らせようという本質から本末転倒しちゃってる野党もそうだ。
そこで、また私なりに今の状況に効きそうな政策を考えてみた。
消費税に変化をつける。
まず、食品は3%に下げる。嗜好品はまぁ5%のままでもいいかな。これにより、生活安定を助けるし、当然消費を促す。
次に、その他一般は7%に上げる。財政対策の側面を持つ。
しかし、その内環境基準をクリアした品は3%とする。食品も、家電も、文房具も、なんでもそうする。環境対策という側面と、研究開発の動機を作る側面を持つ。消費者もわざわざ高い税金払いたくないから環境基準への意識も高まっていく。
環境基準をクリアしているかどうかは、環境庁かその下の機関で厳しく認証し、IDを発行する。
環境基準準拠品はその包装紙等にマークとIDを印刷する義務を持ち、またそのIDが正しいことを確認できるよう、認証機関のWebサイトでチェックできるようにする。
リサイクルハンガーがちゃんとペットボトルリサイクルであることを確かめられるようにするわけだ。
わざわざ天下り先を設立するのは癪なので、認証機関の定年を50歳くらいと若く設定する。中央で定年した人が天下ってくるわけだから、若く設定すれば入れない。それでも来るような人がいるなら、そういう人は気持ちがあってくるはずなので歓迎だ。
IDの管理が面倒とか、商品ごとに消費税が異なるのは管理が難しいとかいろいろあると思うけど、IT時代なんだから全然問題ないと思うよ。
昨今の企業は、はるかに複雑なことをやっているんだから。
昨日は札幌に新しくできたジュンク堂札幌店に行ってきた。
札幌の老舗デパート丸井今井の南館のB2Fから4Fまでの6フロアを埋め尽くす本はさすがに圧巻。しかも、棚が結構ガラガラなのでまだまだ本は入る。
札幌にはこれまで専門書を揃える大きな本屋はとても少なかったので、都心部にこのような書店ができたことは、知識へのアプローチのチャンスに対するハンデを克服できたと思う。
あとは撤退しないように札幌の人たちが本を熱心に買うことが必要。
ついでに丸井今井の本館、新館も下から上までぶらっとみてきた。
各フロア、がらがら。客よりも店員の方が明らかに多い。
不況、不況というが、このようなところへ行くとよくわかる。
それならば何か貢献しようかと商品を見てみたが・・・・さすが老舗。高い・・・。
うーん、しかし、急激な円高だから、これを機に高級輸入時計あたりに手を出してみるのもいいかな・・・。
# いざとなれば後で売れるかもしれないし。
昨今は、ネットワーク設備の売り文句さえ、「低消費電力」になっているようだ。
このエコブームの背景には実際に熱や電力(すなわちそれらのコスト)の問題が避けられなくなっていることがある。
欧米で流行ってきているから日本でも盛り上がっているけれど、よくよく考えれば、日本人というのはコストとは関係なく、むしろコストが多少高くなっても、「もったいない」から消費を減らすことのできる国民性だったはず。
ITバブルのころは、欧米流の価格対効果を輸入して、「もったいない」マインドを忘れ、エコブームの今は、自ら持っていた「もったいない」を、再び誰かに教わる。
家電なんかの省エネは世界と比べてもかなり優秀な位置にいるんだろうとは思うけど、全分野でもっともっと自覚と自信を持って引っ張って行ってもいいんだと思う。メッセージある挑戦をしてほしい(そして、したい)。
道のないところに一歩を踏み出すのは、大きな勇気がいるものだ。
日曜に「容疑者Xの献身」を見てきた。
ガリレオドラマも見たことはなかったのだが、物語にしばしば織り込まれる科学トークに理系としては思わずニヤリとさせられながら、とても楽しんだ。
物語そのものもとてもよくできていて、こんな話を考えられる東野圭吾は天才だな。
しかし、雅治、かっこよすぎ。
惚れる。。いやいや、ライバルとして不足はない!
世界中の顔色何ぞ窺わずに、日本だけでもCO2削減始めちゃえばいいと思う。
政府がエイヤと決めれば済む話。
環境流行りなんだから、それによって選挙で落ちるということもないのでは?
組織票といっても個人主義が進んでいるわけだし。
日本はなんだかんだ言っても、餓死が年間100万人出るわけでなし、みんな努力していると思えば苦しいご近所さんくらい食べさせることも可能だろう。
日本は基本的にもったいないの国。
さらに言えば見えない努力を美徳とする国なので、CO2削減政策にも理解するはず。
しかしまぁ横並びでないと決められない国でもあるわけで。。
読書家の友人の勧めで遅ればせながら読んだ。
ミステリー系の小説はときどき読むが、核心にいたるまでにやたら布石をこれみよがしに打つストーリーは好きではない。
あの限られた文字数の中で、登場人物の性格やその人格形成に至った経緯やら説明しつつ事件を起こしてかつ解決するのは大変とは思うが、それをいかに自然にやるかを楽しむというのが私の読み方でもある。
そういう意味でかなり協力的ではない読者なのだが、ドフトエフスキーの車は思わずにんまりさせられた。
謎の警察マニアは読めたけど。
便所の窓にて発見。
何にでも協会というのがあるものだなと思った。
おそらく、窓の防火性について研究する会なのだろう。
窓協会か防火協会かなんかの一部会でもよさそうなくらい超ニッチに感じられるが、それは素人考えゆえかもしれない。
Thinクライアント、最近ではNet Top?
いろいろ言い方はあるが、"計算はネットの向こうのコンピューティングリソースでやって、手元には軽くて小さいマシンでUIだけやろうぜ"という思想がある。
個人的には何でもWebブラウザでやろうとするThinクライアントの思想には違和感があって、こんなリッチなマシンが容易に手に入るのにWebブラウザ専用機にするなんてもったいないと思っていた。もっとリッチなウィンドウシステムもDBも手元にあるのだ。
誰しもそう思ったのか、Thinクライアントはなかなか定着していなかったのであるが、いよいよ現実になりそうな雰囲気を感じる。
エンタープライズレベルでは、Webアプリは通り越して、WebサービスあるいはSaaSという言葉もすでに基本技術となりつつあるけど、デスクトップのレベルでもAdobe AIR、Google Gears、Microsoft Silverlightと環境も出そろいつつある。
あとは"手元には軽くて小さいマシン"の部分だが、これはWILLCOM D4もいいけど、思い切りが足りないと思う。そもそもWindows Vistaなんぞ使う限りは、軽くて小さいことは不可能ではないの?
個人的には、スタートレックのアレ、欲しい。
Thinクライアントなんてどうせ2台目なんだから、キーボードなし、ディスプレイとストレージとWirelessとバッテリーとわずかなキーだけでよろしい。旗艦マシンは別途用意するから。
どこか作ってくれないべか。
後期高齢者医療制度が話題になっている。
後期とはなんじゃい!とか、年金生活者からも搾取するんかい!とか、いろいろ問題はあるようだが、私が思うに、一番問題は高齢者を消費者としてしか扱わない点じゃないかと思う。
医療が必要な高齢者もたくさんいるが、一方では元気な高齢者もいっぱいいる。
このような人たちを、まったく働かせず、どんどん衰えさせ、医療費を使わせている現状は、なんとも違和感がある。
高齢者制度を考える場合に一番問題なのは、労働可能なくらいに元気な方とつきっきりの医療が必要な方など、医療費の振れ幅が非常に大きいことだろう。
この振れ幅を逆手にとった制度はできないものか。
たとえば、まず元気な方は地域の仕事に従事するなどして労働力を提供していただきつつ、より元気になっていただく。元気な方が増えれば医療費削減に効果がある。
そして、医療費をあまり使わない高齢者は保険料減免などとすれば、インセンティブになって働く意欲にも刺激できる。
こうして浮いた医療費を使わない高齢者の分は、医療が必要な高齢者に回すことができるだろう。
後期高齢者医療制度の目的のひとつに、受益者負担の原則をより明らかにするというのがあるそうだが(保険料を納めるのは現役世代なのに、そのほとんどは高齢者のために使われているため、受益者である高齢者にはある程度負担してもらう必要であるという考え)、この考え方自体は間違っていないように思える。
しかし、だから金をとればいいというのでは、お役人の発想力はいかにも貧困だ。
メタボ対策ではメタボをなくして医療費削減といういい考えを取り入れたのに(中身には問題もあるようだけど)、高齢者医療の中にそれが含まれなかったのは、いわゆる縦割り行政のせいなのか。
長寿高齢者医療制度という通称もできてきているが、今の制度はやはり姥捨て山だ。
長寿な人が多いほど保険が安定してくるような、そういう制度を日本は率先して作っていかないといけないんじゃないだろうか。
Windows Vistaはまだ使っていないのだけれど、SP1も出たし、そろそろ気になりだした。
で、ググってみたりするのだが、Windows 7の話もちらほら出てくる。
何でもWindows 7はすごく速くてサイズも25MBしかないという噂になっていて、Windows VistaはやめてWindows 7を待ったほうがいいですか?なんてアホな質問が出ている始末。
25MBはWindows 7のカーネル候補として作られたMinWinのことであって、GUIだー、ディスクシステムだー、ドライバだー、って付け加えたらあっという間に1GBだということには気づいていない。
# まぁ、1GBも必要ってどうよとは思うけど。
Linuxが軽いと言われているのは、カーネルとGUIが別になっていてGUIなしでも使えるからだってことも気づいていないんだろう。GUI使ったらVistaのほうが速いに違いないのに。
# でも、MacOS Xが一番良さそうに思える。なお、LinuxにもXGLとかあるのは知っているがメジャーじゃないからネグる。
何というか、一般の人ってこのくらいの理解しかしていないというのが事実なわけで、批判的にとらえるというよりも、我々プロにとっては肝に銘じるべき事柄なんだとつくづく感じた。
CMOSに代表されるLSIは、新しいプロセスルールが開発されると、それと同時に性能もアップする(※)。
ここでいう性能は、速度だけではなくて、電力消費が含まれる。
だから、IA-32などに代表されるPC/PCサーバー用CPUは、プロセス世代の交代を意欲的に進めている。
もちろん、と同時にマイクロアーキテクチャの改良も行って、トータルでは毎年倍々の性能アップ・・・ここ最近は消費電力も向上させているわけだ。
※厳密に言えば「性能アップのマージンができる」ということだろう。
さて、ソフトウェアの方はというと、時代の要請するパラダイムに引きずられて必要な技術がコロコロ変わる。
当然といえば当然なのだが、特にここしばらくはマルチコア技術が広がっていくと考えられるから、要求される技術や知識もかなり難しく、ソフトウェア開発者の負担はますます増えるばかりだ。
ソフトウェアはC言語などで共通化されてはいるものの、これらの言語は動作モデルを含まない。
当然スレッドやMVCなどいろいろなフレームワークがあったりはするのだが、Javaであれ、VBであれ、ライブラリとして提供するのが普通である。
この方式は汎用である一方、時代に合わせてソフトウェアを毎回書きなおす必要があることを意味している。
しかし既存のソフトウェア資産を考えると書きなおしは量的にほとんど不可能になっている!
だから、ソフトウェアを書きなおすことなく、その下のレイヤーで「プロセス世代交代」を行える方法が求められるべきではないかと思うのだ。
ひとつのプログラムを「完結した形で」書いておけば、新しいパラダイム上でもその恩恵を受けつつ動作できる、という仕組みが、である。
これにはやはりVM的な動作でサポートすることが想像しやすい。
たとえば、盛り上がりつつある仮想化技術は一つの決定打になるかもしれない。
JavaもVMだけれど、そういう思想にはなっていないようだから難しそうだ。
最近、Cell/B.E.とか、TBBとかでプログラムを書いてみるのだけれど、すぐに変わるであろうスケーラビリティや帯域を気にしてキリキリやるのはどうにも不毛な気がして、そういう大きな仕組みにメスを入れられないかと考えてみる今日この頃なのである。
友人のブログに的外れなコメントを送ったら、深いため息と一冊の本が返ってきた。
小説はほとんど読まないので、面倒だなと思いつつもしばらく通勤の供になることになった。
これは短編集で集中力はいらないし、また「きざな」物言いがとてもかっこよく見えて、期待以上に面白く読めている。
ふと気になったのは女の子と私が話をするシーン(「どこであれそれが見つかりそうな場所で」)。
そう言えば子供はみんなため口でしゃべる。
知り合いでもないのにため口で話しかけてくる大人には正直怒りすら覚えるが、子供に対してはそうは思わない。
その大人の不遜な態度ということもできるのだが、しかしこの差は受け取る側のものだ。
大人と子供に対して何らかの異なる期待があるのではないかと思われた。
大人は相手を敬って話すものだという社会通念?
いや、それはそうかもしれないが、つまりは自分に対して尊敬を示せという期待でもあるような気がして、結局は自分の不遜が原因ではないか。
反省。
これからは大人のため口にも寛容になれるかな。
友人が言いたかったこととは違うと思うのだけれど、新しい刺激を受けられたことに感謝している。
2008年の目標。
ドクター取得に向けての、研究。
その時間を確保するために、仕事は朝から夕方までできっちり帰る。
でも仕事はきっちりやらないとならないから、正しい分量の計画をしてかつ実行を確実に。
早寝も心がける。
さらに、関東進出も真剣に狙いたい。
皆様、今年もよろしくお願いします。
今年の後半は忙しかった・・・。
自分の実力と仕事内容のバランスが取りきれずサービス残業の毎日。
PS3に使われている某チップ用のソフトを書きまくった。
(なお、ゲーム屋さんではありません)
しかし、年末を迎えて仕事も一応一区切りついた。
頑張った分それなりにいいものができたので、まぁまぁよかったかな。
来年はコレを売りまくるぞ。
とかなんとか振り返りつつ、今年も明石屋サンタを見ながら夜は更けていく・・・。
バッテリー炎上&リコール事件が流行中である。
リチウムというのはとても燃えやすい物質で、空気中に置くだけで燃えるなんてことは化学を勉強した人間なら誰でも知っている(ハズ)。
そんなものを超高密度に充填してあれだけの事故率で済んでいるほうが、奇跡・・・というか技術の高さを感じるべきなのである。
身近にそんな事件が降りかかるのは避けたいが、ただメーカーの不備を責めるのではなく、そうなる前に予防できるスキルが消費者にも必要なのだろう。
ところで、ずいぶん前からわが携帯のバッテリーは異常な膨張を見せていた。
触ればもちろんハッキリと膨らみがわかるし、バッテリー部分のカバーがこんもり盛り上がったことによる筐体と段差が目視できるくらいである。バッテリーを見ようとカバーをはずせば、再び装着するのも一苦労である。
バッテリーの持ちもひどく、満充電からでも通話に30分くらい使ってしまうともはや電池残量1コの状態である。
これは寿命ではなくバッテリー異常に違いない!
バッテリー炎上が流行の昨今なら、異常を訴えれば誠実な(要するにお得な)対応してくれちゃうんじゃないかなと、先日とうとうドコモショップへ相談に行った。
休日のドコモショップは機種変更だか新規契約だか知らないが客待ちが20組以上!
しかし、番号札を取ったものの、バッテリーの相談なのだから理論的に考えてこの列に加わる必要はないはずだ!
そこで、番号待ちを飛び越えてカウンターのお兄さんにぶつかってみた。
するとあっさり無料交換してくれることに。番号待ちもなし。
どうやらわがバッテリーの膨張度合いはなかなかのモノであったらしく、使用状況を聞かれることもなく新品へ。
これで携帯の寿命が2年は延びた。
新機種もあまり魅力的なものがないので変更するつもりはなかったから、とても嬉しい。
しかし膨張バッテリーを必死に抑え続けたカバー君のダメージは大きく、膨張していないバッテリーになった途端はずれやすくなってしまったのは内緒である。。。
昨日は、長浜の花火大会へ行ってきた。
そして花火といえば浴衣。
もはや花火専用スーツのようになっている。
最近はオトコが着るのも増えたような気がするが、今回一緒に行った仲間もみんな浴衣でいくというので私も挑戦した。
浴衣は持っていなかったのだけど、先輩が2着あるからと1着もらう。うれしい!!
会場ではかなり近寄れるので、火の粉が真上から落ちてくるような感覚でみんなでキャーキャーワーワー。
暑い夜ビールとつまみを両手に持って最高の贅沢。
花火も素晴らしかったし、浴衣も楽しかったし、気温も適度に暑くて、夏らしい夏を味わった気がする。
とにかく楽しかった。
昨日は自宅のある通りでお祭りがあった。
# 我が家は商店街の中にあるのだ!!
年に1度、近所の神社と地蔵に縁があるらしいが、よくは知らない。
祭りのメインイベントは「つくりもの」。
家庭にある道具をいろいろな形に組み合わせてオブジェを作り、互いに競う。
時事ネタでは今年はひこにゃんが多数見られた。
虫のオブジェもよく見られる。
なお、今年の最優秀作品はたわしで作ったカンガルーのボクシング。。。あのー審査員さん、もっといい作品あったと思いますが何か。
他は出店が出ているだけで何の変哲もない。
が、祭りは参加することに意義があるわけで、中をぶらぶらして祭りの雰囲気を楽しみながら、晩御飯のおかずに土手焼きを買って帰るのが毎年の恒例である。
それともうひとつ。
小さい祭りではあるが中学生くらいの初々しいカップル観察が欠かせない。
彼にとってはこういうイベントが彼女の手に触れるドキドキのイベントなんだろうなぁと、ニヤニヤと楽しみつつオッサンは昔を振り返るのである。
今日から、京都勤務になる。
入社以来4年2か月間通った滋賀県の事業所は、会社の方針による事業縮小のあおりでとうとう閉鎖。37年の歴史に幕を閉じた。
今までは徒歩通勤だったが、今度は電車通勤。
大学の頃以来、10年ぶりだ。
でも本を読んだり、携帯音楽を聞いたりする動機になるので、それはそれで楽しみ。
昨日はこれまた久しぶりに定期券を購入。
すると、普通のICカードと、定期券ICカードでは、自動改札を通るときの音が違うことを発見。(前者はピピッ、後者はピッ)
環境が変わることは結構エネルギーがいるけれど、新しいことがたくさんあると思えば、何も変化がないことよりはずっとましだ。
アキバで恥をかく禁句ワード 「パルク品」
わっはっは、んなアホな!
と思って促されるままグーグル先生に尋ねてみた。
どうせあっても変換ミスだろうと予想していたのだが、いやいや実際に間違っている人っているんやね。
なるほど、ネットで見かけて覚えたという説を裏付けるなぁ。
確かに在庫調整とかもあるから、あまったと言えなくもないけど・・。
が、極めつけはこれ。
「埼玉県川口市西川口駅前の頼れるパソコン教室 MOAパソコンスクール・CADスクール パソコンドクターWebマガジン」
「パルク品」呼ばわりで説明されても、そんなドクターに頼れません。
「民事訴訟通告書」が封書で来た。
民事訴訟通告書
先日、ハッピーライフ(株)から通信販売にてお買い求めいただいた際
の入金が平成19年6月15日現在、未だ確認されておりません。
平成19年6月15日をもって、
私ども森・大崎綜合法律事務所が代理人として担当していくこと
になりました。今後は、当事者間での解決が見込めない為、民事訴訟
の手続きを執らせていただきます。
なお、6月21日の裁判執行予定日までに連絡なき場合、指定裁判所
から書類通達後に出廷となり、当方の主張が全面的に受理され訴訟
を開始させていただきます。
その後、債務者の給料差し押さえ及び、動産物、不動産物等の財産の
差し押さえを執行官立会いのもと強制執行させていただくことにな
りますのでご了承ください。
以上をもちまして訴訟通告とさせていただきます。なお、訴訟内容などの詳しい内容のお問い合わせは、
森・大崎綜合法律事務所までご連絡ください。
以下、ハッピーライフ(株)と森・大崎綜合法律事務所の住所・電話番号が続く。
「重要」と赤いハンコが押してあって、市町村合併前の旧住所で来ている。
開けてみたら上述の内容なので、ちょっとびびって調べてみた。
まず地図検索。
すると、森・大崎綜合法律事務所のある住所は、秋葉原のど真ん中。
さらに調べると、メイド喫茶の上である。オタクか!
また、ハッピーライフは中央区、法律事務所は千代田区にも関わらず、封書の消印は世田谷区。
わざわざ遠くへ行って出したのか。
しかも書面の住所はビジネス街なのに、急に住宅地になった。キタクか!
でもやはり心配なので104でその住所で問い合わせたところ、そのような事務所は登録されていない。
Googleさんでアレコレ調べたらこれは典型的な詐欺の内容らしい。
だが、小心者なので本物の弁護士の友人に連絡を取ってしまったことは内緒である(^^;
# その友人曰く、これはなかなか良くできている、とのことでした。
昨日は、蛍鑑賞に行ってきた。
滋賀県の旧伊吹町(現在は米原市)では、天の川ほたる祭りというイベントが行われていて、毎年この時期にシャトルバスの運行などを行っている。
電車を乗り継いで自動改札もない近江長岡駅から、シャトルバスでさらに15分。降りてまた徒歩10分。
街灯もない小さな山のふもとの細い水辺。
そこには1cmほどの淡い黄色とも青いとも見える光がゆらゆらと空中を舞う、なんとも幻想的な風景が漂っていた。
まさにそこは地上の天の川。
30人ほどの人が集まっていたが、これを見にわざわざ遠くから来る理由もよくわかる。
そこで一句。
天の川、ああ天の川、天の川。
解説:
空を見れば星の天の川、下を見れば水の天の川、そして目の前には蛍の天の川が美しく広がっている。なんと素晴らしい景色なんだろう!
ホタルというのは、1年間さなぎとして過ごし、6月のこの時期にだけ繁殖のために飛び回るときにあの優しい光を披露し、それが終わったら死んでしまうのだそう。
また来年、この光を受け継いだ次世代のホタルに会いにこれたらいいな。
書くことないので、先日の動物園で撮影したパンダちゃんの写真をば。
とにかくちょこんと座って笹を頬張る姿が可愛いのなんのって。
もう一頭いたけど、同じように頬張っていた。
ときどきこちらをちらりと向くあたり、にくい。
あまりにも役者なんで、パンダスーツなんじゃないかと思ってみたり。
昨日の日曜は、神戸市立王子動物園に行ってきた。
GWには上野動物園で初パンダしてきたのだが、よくよく聞けばそんな遠くへ行かなくても関西にもパンダがいるというので、お友達に連れて行ってもらった。
王子動物園はさすがに上野よりは小さいが、結構充実している。
パンダも2頭いて、若いのでよく動く。
笹の葉をむしゃむしゃ食べる様子を披露しては、観客がきゃ~かわいい~とかいうのを聞いて満足しているように見えた。
あいつ、プロだな。。。
あとは象が好き。
上野では4頭くらい象がいて、頬ずりしたり、鼻で砂の掛け合いしたり、後ろ足で蹴りいれたりと家族の団欒が見ていて微笑ましい。
王子は3頭。若い2頭は外で運動。途中タイヤを振り回し(たかったようだが鎖でつないである)たりド迫力のシーンも。また、日本最年長という諏訪子さん(62)もまだまだ元気でその姿を見せてくれていた。
象って結構毛が生えているんよね。
体毛はチロチロと○田勉風。しっぽは毛が抜けたブラシのようでやや情けない。
亀とか鰐とかもいいけれど、やっぱりゴリラなども含めた大型動物の方が(特に霊長類)、何か理性が感じられる分、見ていておもしろいね。
あ、でも入口付近にいる、尾が3mくらいはありそうな白い孔雀も必見です!
工場で生産装置と一緒に使うアプリを仕事で作った。
GUI部分には .NET Framework 2.0を使った。
ついでにWebBrowserコントロール(実体はIE)も使った。
このアプリが大変なバグもので、修正に追われている。
すでにお客様のもとへ渡っているので、いろいろ嫌味を言われつつ日々Visual Studioと向かい合う毎日。
修正も終盤でライブラリの挙動も確認しながら報告をしているのだが、お客様の嫌味コメントの中にこんなのがあった。
「Microsoftのライブラリを使いすぎです。装置向けプログラムの基本ができていません」
枯れた技術を使うというのは、停止が許されない装置向け技術ではセオリーなので、基本的には正しい。
しかし、逆にサポートも止まった古いライブラリやOSを使い続けることがそれほどまでにいいことなのだろうか。ちょっと納得いかない。
お客様自身はVB6をいまだに使っているし、VCも6.0。
Windowsも2000。
.NET Frameworkははじめは不安定だったが、5年以上たちC#の成功もあってかなり使われているおかげで2.0からはかなり安定感が感じられる。
そもそも.NET FrameworkはライブラリというよりはほとんどOSの一部とみなしてもよい内容である。(元々Win32 APIを置き換えるつもりだったのだから)
枯れたVC6とVB6で、switch & Select文の化け物プログラムを書くことが素晴らしいのか。
若いがガベッジコレクションも備えた言語でオブジェクト指向するのが悪なのか。
そういうわけで、いろいろと思うところはあるのだけれど、、、やっぱりバグった私が悪いんだよねぇ。。。
とんだとばっちりのMicrosoft君、ごめんな。
# WebBrowserコントロール(IEコンポーネント)だけは失敗だった。設定が共有されてて使いにくいんだわ・・。
昨日のMusic Loversは、永遠のアイドル松田聖子。
最初の赤いスイートピーの「I will follow you, ...」のくだりでマイクを観客のほうへすっと差し出すと、・・・みんな歌えるんだよねぇ。
さすが、さすが、聖子ちゃん!!
曲が半分もいかないうちにもう会場を虜にした。
すげぇ。
思えば日本で歌がうまいアイドルって、聖子ちゃんくらいだなぁ(デビュー時からうまい)。
感動した。
聖子ちゃん以来でいい線行ってると思うのは、アヤヤか。
でも聖子ちゃんみたいないい歌はうたってないね。
どっちもがんばれ!
P.S.
なお、Music Loversは今なお数少ないハイビジョン専用レイアウトの番組である。
こっちもがんばれ!
Second Lifeが話題である。
先日とくダネで特集していたのを見たが、あるユーザー曰く「Second Lifeの中ではげんじつにはできない理想の自分になれる」のだそう。
確かに、実際にアイディアや努力・サービスによって商売を成り立たせ、さらにリアルマネーも獲得しているのだから、単なる新手のインターネット遊びという文脈で捉えていては本質を見誤ると思う。(とくダネレギュラー陣は全く理解できていなかった様子)
背景には日常では社会的あるいは経済的、または身体的制約で不可能だったことも、Second Life内では実現できるということがあるようだ。
が、個人的にはリアルで実現するほうに興味があるので、Second Lifeは未体験。
ところで、気になったニュース。
マシンガン打ったり、建物に火をつけたりしたそうだ。
従来のテロといえば無差別殺人や、自爆攻撃などが多く、悲惨である。
サイバーテロも、コンピュータに侵入して内容破壊などを行うため、大きな被害を生む。
だが、Second Life内テロだったら、実際に人間が傷つくよりはいいかもしれない。
上記のニュースはサイバーにも暴力が!規制せよ!問題視せよ!、ということだったのかもしれないが、ある意味ですごく役に立つ使い方なんじゃないだろうか。
これをサイバーテロ 2.0と呼ぶことにすると、政治や思想の主張では誰も(身体的には)傷つかずにすむ。
増えた数字以上に意味のあるバージョンアップであろうと思う。
少なくともXPからVistaよりは。。
kaskadeの音楽が好きである。
そもそもの出会いはタワレコ。
可愛いジャケットに惹かれて視聴してみたら、一曲目からこれまた可愛らしくも落ち着いた歌声にうっとり。
あまり即買いとかしないほうなのだけど、買ってしまった。
ところが、今日もいい気分で聞いていた時のこと。
ジャケットを見ていたら、な、なんと、その一曲目はkaskadeの曲ではないことが判明!!
David Morales with Tamra Keenanの曲で、Kaskade's Mixなんだそうだ。
しかし、調べてみるとこのKaskade's Mixはプラダを着た悪魔でも使われているらしい。
Remixが売れることもままある話ですからね。
私が好きだったのはTamra Keenanの歌声だったことがわかったので、さっそくDavid Moralesのオリジナルアルバムも注文してみたのであった。
先日Web(どこだったかな)で読んだ連載記事で、太陽系以外の惑星が既に100個以上も発見されていることを知った。
その翌日、偶然か知らないが、NHKで同様の特集をやっていた。
連載で紹介されていた本の著者がテレビにも出ていて、私も早速その本を読んでいるところである。
惑星探しはプラネット・ハンティングと呼ばれていて、1940年代くらいに始まったそうだ。アポロ計画よりも20年以上前だ。
探索の基本原理は、惑星が存在することによる中心星(恒星)の軌道のブレを調べることである。砲丸投げの際に人間がぶれるようなことで、たとえば木星のような大質量の惑星は、太陽の軌道を太陽の半径程度もぶれさせているらしい。なんともダイナミックな話である。
しかし、最初に惑星が見つかったのはなんと、1995年!
しかも恒星のごく至近距離を4日余りで公転する巨大なホット・ジュピターであった。
その後も、彗星の如く楕円軌道を回るエキセントリック・プラネットなど、太陽系の姿からは想像もしない惑星が次々発見されている。
40年以上も惑星が見つからなかったのは、先のブレの観測には惑星の公転周期程度の年月がかかることともちろん観測精度の限界もあるのだが、研究者が太陽系のような円軌道で整然とならんだ惑星ばかりを考えていたことにも問題があるらしい。
異形の惑星達の発見で、天文学界は太陽系形成理論の再構築を迫られているそうで、それは落胆ではなくむしろ新しい謎の登場に狂喜乱舞しているところだそうだ。(注:この本は2003年刊行)
ところで、私が趣味の時代から含めると18年くらい浸かっている(もはや漬かっている?)IT業界は、半導体関連の物理学、電気回路系の物理学、ソフトウェア工学が主体であると思う(経済関係を除く)。
いずれもナノとか目に見えない物とか0/1とかばかり。次々とくる新発見や画期的な改善のニュースに夢を見る時代はやや過ぎ去り、熱暴走と量子効果とデスマーチと資金力との戦いばかり。先の見えない戦国時代(成熟期)に突入しているように見える。
ぜひ、太陽系外惑星発見のような心躍る発見が飛び出してこないものかと期待しつつ、さぁて今日もキーボードに向かうことにしよう。。。
この国会は、国民投票法案が重要議題の一つとなっており、連日ニュースでも報じられている。
ところで、公務員・教員の活動に関する制限が議論されているようだ。
5月9日の報道ステーションを見た限りは、授業での発言も制限すべきである、というようなことを議論しているように受け取った。
そこでんなアホなと思って、今日のネタに使うためいろいろ調べてみた。
しかし、与党である公明党の同法案に関する説明にはこのようにある。
公務員や教師が、憲法改正に賛成、反対の意見を表明したり、勧誘したりすることはできます。運動が禁止されているのは、選挙管理委員会職員など、ごく一部に限られます。
ただし、公務員や教師は、その地位を利用した国民投票運動については、罰則は設けられませんが、禁止されます。
例えば、教師が学生に対して成績をたてにして賛否の投票を強要するようなことは許されません。
そのほか、共産党の例によって異様に攻撃的な質問や、毎日新聞の慎重議論のススメなど参考になる。
ポイントは、次の3つのようだ。
1、2は納得できる。
たとえば大学の講義で講師が学生に向かって自身の思想を述べることは、至って健全な政治参加であると考える。それによって学生が影響を受けてもよいだろう。投票権を持つ大人なんだから講師の意見の是非くらい考えられる。
しかし、それが○○に投票したら単位をやるとか逆に××に投票したら落第だ、などとなることは絶対にいけない。
だが、3は納得できない。
上記の大学の例はそのまま企業内だとかマスコミの報道だとかに置き換えることも可能だと思う。
さすがにマスコミは影響力が大きいとは思うが、しかし制限されるべきではないと思う。
キムタクが政治に関して発言してファンの女性たちが一斉に○○さんに投票した、なんて事件が起こりうるかもしれない。
しかし、キムタクだって自身の政治信条にしたがっているのだろうし、ファンの女性はキムタクを信頼して投票するのだから、政治家の運動と変わらないように見える。
というわけで、私の意見は3を削除して、最大限自由を維持する方向性だ。
うーん、しかしマインドコントロールされちゃう人も実際にいるわけで、どこまで法律で制限すべきなのか、考えてしまうなぁ。
私もずいぶん科学の進んだ時代に生きていると思ってきたが、今のネット世代の未成年はもっともっとすごい。
生まれた時からテレビゲームは世の中にあるし、幼稚園から携帯電話を持っている。
CGだか実写だかわからないような映像があふれていて、もはや不思議とも思わない。
この最後がポイント。
あまりにも高度なことが当たり前になってしまうと、疑問を持つ対象範囲が狭くなる。
そういうことに慣れてしまうと、自分の知識を信じるよりも、あふれる情報を知識であると信じ切ってしまう。
米大学でのWikipedia引用事件は、まさに象徴的だ。
あまりにも詳しく書いてあるから、まさかそこに疑問など差し挟もうとは思わないのだ。
また、誤った言葉の使い方を指摘すると、ほら検索で出てくる、などと答える輩もいる。
それはただ誤用をしている人がたくさんいることの象徴であって、正しいわけではないのに。
私たち世代はネットがない時代から変遷を見ているから、ネットには嘘も虚構も詐欺もあってリアルとは違うと当然のように信じている。だから、ネットを100%信用するということは到底考えられない。
だけれどもネットがはじめからあった人にしてみれば、それは違うかもしれない。
たとえば、「嘘も虚構も詐欺もあるのが当たり前」で、それをいちいち真実と突き合わせるなんて考えないのかもしれない。
この考えはおそらく知識を吸収するには壁になる。
物事に疑問や興味を持ちにくくなるからだ。
どう考えてもこれは人類の未来にとって正しい道とは思えない。
ネット(インターネット)はまだ10年余りの歴史。
もはやネットをなくすなんてことはできないが、そういう意味では、まだまだネットの在り方は変わる必要があるように思う。
先日不幸な事故により、Windowsバリバリ実行中にノートPCのHDDを抜いてしまい、見事にWindowsがクラッシュしてしまった。
しかし不幸中の幸い、HDDは無事。
ただ、不良クラスタが多発したのと、そのせいでWindowsのシステムファイルがやられてしまったので、リカバリーを余儀なくされた。
データは別ドライブだったので、こちらは/Fオプション付きのchkdskのみでなんとか回復。
ThinkPadに付属しているツールのおかげでデータはバックアップすることもできていたから、リカバリー作業も安心だった。
リカバリーで面倒なのはアプリケーションのインストールだが、もっと面倒なのはWindowsの膨大なパッチを再び当てなくてはならないことだ。
再起動を要求する作業も多いから、この間はPCもほとんど使い物にならない。
ところで、解せないパッチが一つある。
1GB以上のメモリを積んだマシンで起こるとのことだが、そんなマシンはいまどき珍しくないだろう。
解せないのは、このパッチは自動アップデートに入っていないことだ。
毎度毎度Googleで調べてKnowledge Baseからダウンロードするはめに会う。
しかもWindows Genuine Advantageとかいうチェックもしなきゃならなくて、非常にめんどう。
いや、一度やればいいだけなんだけど、どうしてこうなっているのだろうかと。
都知事選の政見放送がちょっとした話題になっているそうで、私も知り合いから聞いて、YouTubeで見てみた(こちら)。
そもそも政見放送というものも全然なじみがなかったが、普通は立候補者が公約について述べて支持を訴えるための放送であるということは想像が付く。
しかし、噂の政見放送は全然そういう目的には使われていない。
極左と(自己?)紹介される彼は、自分の考えをひたすら述べるための公式な公共の電波の使い道として、政見放送を利用つまり都知事選に立候補したのだ。
(ちなみに立候補には供託金300万円が必要で、得票が少ないと没収される)
彼は内容はともかくとして話もしっかりしているし、言葉は歯切れがよいし、間(ま)もよくて聞きやすい。「スクラップ・アンド・スクラップ」などは思わずうまい!と手をついてしまった。とにかく演説なれしていることはよくわかる。
つまり彼はふざけているのではなくて、まじめに自分の主張を伝えるために、この金のかかる宣伝方法を利用しているのである。
面白いなと思っていろいろみていたら、YouTubeには15年ほど前の別の立候補者の政見放送も登録されていた(こちら)。
80歳手前くらいの老女が、やれバスの待ち時間が2時間だとか麻薬犯がどうだとか、ひたすら原稿を読みまくるのだが、これがまたひどく舌足らずで聞き取りにくい。
政見放送って昔からこのような政治思想の発表の場であったのだな、ということを勉強した。
YouTubeを探してみると実にいろいろな(おもしろ)政見放送が登録されている。
さて、本稿を書くにあたりもう一度調べなおしていて驚いたことがひとつ。
本稿に書いた二人の人物、どちらもWikipediaに詳細に解説されているのである。
そんなに著名人ではないだろうに、どこからそれだけの情報を得ているんだろうか・・・。
すげー。
『ASTROMANTIC』、『BEAT SPACE NINE』と続いたlovesシリーズ第3弾。
今回は全曲のタイトルに LOVE が入っていて、気合がひしひし伝わってくる!
率直な感想としては、曲の完成度はさらに磨きを増しているが、ゲストの印象が強くなりすぎてきた。
she loves the CREAM(loves DOPING PANDA)やLOVE ME, HATE THE GAME(loves Chan, Thaitanium, Edison Chen, Ryohei)はもう完全に持ってかれてる。
Luvotomy(loves 安室奈美恵)やSimple & Lovely(loves 倖田來未)もその傾向。ただし曲はすごくいい。
どれもお勧めだがこのアルバムでこそと思うのは、なんといってもLove to Live By(loves Chara)。元気に歌うCharaは新鮮。
Love Me After 12AM(loves Alex)も必聴。BEAT SPACE NINEでも見せた韓国アーティストのlovesは凄くかっこいいのだ。
前作以来のシングル曲も含まれているので、まとめて聴きたい方はおススメ(Picture Perfect Love(loves MONKEY MAJIK)は別バージョン)。全部持っている私としてはリミックス希望だったが、そちらはいつも出るリミックスアルバムを待つことにする。
lovesシリーズは今回で最後ということで、今後の展開が気になるところ。
Crystal Kayやmelody., Ryoheiらlovesシリーズ常連アーティストたちをメインで起用していくのか。
しかし、私はm-floが発掘したという日之内エミに注目。
本アルバムではメインボーカルは1曲であるものの、4曲の作曲とコーラスに参加している。ルックス、実力ともに期待十分。
何はともあれ、しばらくはこれで楽しめそう。
2003年12月から始まった地上波デジタル放送。
私が地デジ対応液晶テレビを買ったのは2005年12月。
そして今住んでいるエリアで全局が映るようになったのは昨年10月くらいだが、割とマイナーな地域なのでほぼ全国で映るようになったのだろうと思う。
トリノオリンピックでは雪がとても美しく映り、荒川静香のイナバウワーも精細ワイド大画面でこその感動を得たが、その後は地デジといってもほとんど4:3レイアウト+αの番組ばかりで面白くなかった。
しかし、やはりイベントモノは気合が違う。
今見ているのは世界水泳。
データ放送が有効に使われていて、通常のテレビを見ながらにして選手の情報を表示させたりシンクロの制限時間の時計を出したり消したりできてしまう。
地デジになったらデータ放送が視られるとか双方向放送とかいろいろ言われてはいたのだけれど、地デジの電波には動画だけでなくいろいろなデータが、しかもレイアウトまで変更できるような形で送信されていることを初めて実感することができた。
今までは放送局が良かれと思って付けていたスーパーインポーズなり時計なりを視聴者が自分でON/OFFできるということは、ある意味ではテレビの見方のパーソナライズと言える。
カスタマイズの主体が放送局でなく視聴者である点で、パラダイムシフトである。
もっともっと地デジが普及してデータ放送のメニューが増えてきたら、そんなパーソナライズメニューをテレビ自体が覚えてくれたりする機能も考えられるなぁ。
地デジへの切り替えは、今のテレビでも十分きれいと思う人には全く訴え切れていないと思うのだが、やはりこういった旧テレビでは到達できない視聴の喜びを得られる潜在性があるのだと新鮮な驚きを感じている。
ずいぶん昔にはやった本だけど、先日読了。
確かに第一印象とはほとんど見た目のことだし、深く話をすればわかるといっても、そこまで行くためには最初の壁を乗り越えないといけないわけだから、言いたいことは良くわかる。
演出家として演劇を指導したり、漫画の原作者として見せ方を考えたりするところから、態度や振る舞いや化粧まで含めて見た目の効果を論じている。
が、正直、あまり面白くない。
というか、飽きる。
次々と出される新書にありがちなのだが、言いたいことのポイントが少ない場合、それを無理に膨らませて本に仕立てようとするので、全体の構成が薄っぺらい。
主張をいろいろな言葉で繰り返すことは、確かに読者の理解の助けになる場合もあるが、過ぎたるは及ばざるが如し。多すぎると頭に入らなくなる。
この本はそういう本だ。
私はこの本のヒットは、こう分析する。
本はタイトルが9割。

オフィスの同じフロアにある小部屋に、いつの間にか移り住んできていた偉い役職のオッサンがいる。
これがまた毎日毎日日本語で英語で電話会議ばかりしていて、笑い声やら叱り声やらうるさいばかりかその内容も気に障る。
役付きのくせに相手を呼び捨てにしたり(弊社は誰でも「さん」で呼ぶ)、とにかく言いくるめるような態度で、とにかく気に入らない。
(ちなみに見た目は完全にヤ○○ or 暴○○)
今日も聞こえるそんな電話の中に気になる単語が。
「ロハス対応できないの?それって誰がわるいわけ??」
「箱だけロハス対応って言うのもおかしいだろ!?」
弊社はコンピュータの会社である。
そしてそのオッサンは、製造部門の偉い人。
つまりコンピュータの製造に関するとりまとめ・・・部品の調達やら製品の納品などの指示を出すのが仕事だ。
そのオッサンからロハス、ロハス。
Wikipediaによれば
だよなぁ。。
弊社の製造部門がロハスのことでそんなにもめるとは思えない。
しばらく考えて、、あ、これだ!!
教えてあげたいが交流がないし、ちょっといい気味なので放っておこう。
皆さんも読み方がわからないときは、堂々と使う前に調べることをお勧めする。
SSDが、32GBで350ドルらしい。
昔からシリコンディスクとか言って存在はしてたけど、容量と価格のバランスが個人向けではなかった。
でも350ドルなら高いHDDくらいだし、32GBあれば小さなノートPCならいける(まぁ同じ値段の3.5inchHDDなら20倍の容量が手に入るけど・・・)。
今回のSanDiskの新製品は2.5inchドライブだったようだが、既に1.8inchが発表されている。
1.8inchのHDDはプラッタ半径が小さいので速度が遅い(回転速度=角速度が一定だったら、半径が大きいほうが外周の線速度は速くなる)。
その遅さにげんなりしている私のThinkPad X41 tabletに搭載されている1.8inchのHDDなんて、容量も40GBだから、32GBのSSDなら容量も遜色ない。
(だからX60 tabletでは2.5inchに戻ったらしい。くそー)
SSDはメモリだからさぞ速いのだろうと思ったら、読み書き時間はHDDより遅いらしい。
ただし、HDDはシーク時間があるし(平均で半周回転するのを待つ)、1.8inchクラスでは読み書きも遅いのでSSDが上回るとのこと。(以上、Wikipediaより)
HDDってすごく速いんだね。
既に一部のノートPCにはSSDが入っているものもあるけれど、そろそろ本格普及の予感。
もうちょっと値段が下がったら、X41 tabletのHDDを換装するのも面白そう。
# と、ここまで書いたところで 128GBのSSD発表! という記事を発見。競争も始まった。
先週は学会発表のため札幌に行って来た。
早々と発表も終わりひと段落・・と思ったら仕事の電話がひっきりなしにきて学会中も対応に追われていたが...orz...
ところで、千歳空港に降りときに何気なく「おにぎりあたためますか?」の看板を発見した。
北海道のコンビにでは、おにぎりを温めるのが常識だ。
寒い土地では温かいものが嬉しいというのもあるだろうし、そもそもご飯は温かいほうがうまいに決まっている。
だから、おにぎりを温めるということはなんらおかしな話ではない。
と思っていたのだけれど、北海道以外ではそれは常識ではなかった。
まず、今すんでいる滋賀では、コンビニでこの質問はされない。
北海道へ行った旅行者が、「おにぎり温めますか?」と聞かれ、店員がふざけてバカにしているのだ思い店員に怒ったという話も聞いたことがある。
常識の違いではあるけれど、よかれと思って言った心遣いが冷たく跳ね返された店員はさぞショックを受けただろうと心が痛む。
最近は旭山動物園や大泉洋やタカ&トシなど北海道(出身)が何かとマスコミに注目されている。
この機会に北国の暖かい文化をも紹介できればいいのに、と思う次第。
みなさまも北海道にお立ち寄りの際は、新しい観光の一環として、ぜひおにぎりを温めてもらってはいかがだろうか。
仲間内でやってるテニスサークルの予定表をWebで管理しているのだが、BBSも欲しいというのでAjaxで作ってみた。
そもそも予定表は簡単なものなので手書きで修正してアップしていたのだが、BBSをつけたからといってサーバーサイドでHTMLをいちいち作らせるようにすると、内容もデザインも気楽に修正しにくくなる。
Ajaxなら、BBSデータをクライアントサイドで合成する形だから、Webサーバーがファイルを送ればいいという意味においては、HTMLは静的なままでよい。
デザイン・内容も気楽に変えられる。
もっとも、その後BBSのデータを転送するCGIは走る。
内容はこんな感じ:
1番にはJavascriptも埋めてあって、ロード時に2番のCGIを呼んで内容を含んだXMLを取得し、適当に整形して1番のHTMLに埋め込む。
書き込み時は、フォームのボタンを押したときにJavascriptでCGIへ転送する。ここではSubmitボタンは使わないのがミソ。書き込みによるBBS内容の変更も元のHTMLを直接編集するだけだから、ページ遷移も必要ないしページ生成CGIもいらない。
なかなかよくできたのだが、仲間内用なので非公開なのがまたミソ。
仕様書の書き方は習ったかなー。
新人研修で習ったかもしれない。
でもほとんど忘れた。
多人数で作業するときは、やはりきちっとした仕様書が必要だ。
仕様書が設計図なのであるから、当然出来上がりにもろに響く。
しかし、仕様書きっちり作れるってことはもうほとんど出来てるってことじゃないか。
仕様書にクラス図や関数インターフェースの表を作るくらいならヘッダファイルを書いたほうが早いし、フローチャートやUMLの何々図を描くくらいならコードが書ける。
# と思ってたらVBやC++のコードからドキュメントを作ってくれるソフトってのもあるらしい。
多人数でやる理由は作業の分担なのであるが、仕様書は分担する前に作るものだから、結局は作業が集中する。
そして、仕様書作りがほとんどコーディングと同等の作業だとすれば、とどのつまり最初から分担しないで作ったことと変わらない。
でも大規模開発は世の中にいくらでもある。
ものすごく簡単な仕様書の書き方が発明されると改善できるかもしれないが、そんなものは未来永劫できやしないだろう。
ではどうしようかというと、1人~2人程度でできるほど細かいモジュール単位に区切るのがよい。みんなで大きなものを作ろうとしてはいけない。小さくても完成されたパーツをそれぞれが作るのだ。いずれにせよインターフェースは必要だが、変更しやすいようにもう全部XML(SOAP)にしてしまえ。
また、プロトタイピング+イテレーションなら、仕様書をその都度変えるようなものだからコーディング=仕様書に近い。ペアプログラミングして知恵を合わせれば反復も少なくて済むだろう。
ということで、仕様書の書き方を覚えようという結論にはならないのであった・・・。
ようやく飽きてきたのか沈静化してきたが、柳沢厚生労働省大臣の「女性は産む機械」発言以来、テレビの討論番組もそればっかりだし、野党も予算委員会欠席したりして、騒ぎが続いていた。
発言自体は非常に軽率で大変失礼なことだと思うし、深く陳謝すべきだが、そんなアホの辞任要求のためだけに一週間も大事な審議をサボっていいのだろうか、野党。
そもそも与党は過半数達してるんだから、野党なんぞいなくたって法律は通ってしまうのだ。
だからこそ少しでも与党の心を揺さぶって国民の気持ちを反映させるのが役目のはずなのに、自分からボイコットしてしまったら野党の存在意義などないじゃないか。
ボイコットもストライキも、その人がいないと困るから成立するんでしょう?
いつも思うけど、日本の政治ニュースはスキャンダルや問題点ばかり取り上げる。
報道ステーションはよく見るけど、そういう意味で古舘伊知郎が自分の答え=文句ばかりに誘導するような司会っぷりは、ちょっと気分が悪い。
悪いところ取り上げれば盛り上がりやすいのかも知れないけど、そこはこういう風に考えればみんな解決するんじゃないか?というような前向きな自主意見は言えないのかな。
といっても、NOVAのお茶の間留学の話。
実はお茶の間留学用のテレビ電話キットを購入してからかれこれ一年以上はたったと思うのだが、初めて使ったのである。
なんという浪費だろうか・・・。
いや、言い訳もあるのだ。
このキット(要するにSTBとカメラ)はテレビの上または前に置いて使うとのことなのだが、結構でかくて奥行き15cm程度はある。
が、ちょうど一年前に液晶テレビを買ったため上には乗せられず、かといって前に置くにも使っていた台にはスペースはない。
結局そのまましばらく放置プレイしてしまっていたのだが、先日テレビ台を作ったことによりようやく設置問題が解決してこの度の留学に至ったのだった。
今日はレベルチェックと予約だけだったのだが、テレビ電話って結構面白い。
当たり前だが、予約のお姉さんの顔が見える。
おお、こんな人が喋っているのかと、思わずにんまりしてしまう。
3人のお姉さんととっかえひっかえ会話をすれば、独りモンの寂しい休日も癒されるというものだ☆
さて、駅前も合わせて4ヶ月ぶりくらいのNOVAであったが、3ヶ月行かないとレベルの再チェックが入る。
まぁ、レベルが落ちていないか、あるいは維持しているかということのチェックだろう。
が、その結果一つレベルアップ!(レベル4)
なお、このチェックもう4回目だ。つまり少なくとも12ヶ月はいっていない期間があるということ・・。
しかもほぼ毎回レベルアップしている。何なんだろう・・・。
駅前はいまいち効果が見えずやる気がでなくていかなかったが、お茶の間は新しい経験ということで結構楽しみである。
朝に留学してから出勤というのにチャレンジしてみたいと思う。
今、忙しい。
布団で寝るのが1日おきくらいになっている。
要領よくやってたっぷり寝たいが、どうにも夏休みの宿題症候群から脱出できない。
ところで、忙しさには2種類あると思っている。
一つは、仕事ができないから滞って忙しい。
もう一つは、仕事ができるからどんどん舞い込んで忙しい。
この人の場合は明らかに後者だ。
藤田晋。
有名なIT系ベンチャー企業の若社長である。
最近彼の著書「渋谷ではたらく社長の告白」を読んだ。
今まで彼のことは特に理由もなくあまり好きではなかった――しいてあげればなんとなく腫れぼったい顔が気に入らないとか、美人女優と結婚(&離婚)しやがってとか――が、やはり尊敬すべき天才の一人なんだなと考えを改めざるを得ない。
とにかく自信と努力と決断に優れている。
バイト時代も社員を超える働きで社長に認められ、就職するも1年足らずですぐに起業。
2年後には単独企業としては最年少社長として上場にいたるが直後のITバブル崩壊に苦しみ悩む。
しかしぐっとこらえて地道な努力を続け4年後には通期利益40億円を確保するまでに成長した。
やはりそんじょそこらの天才ではない。
いつかやってやる!と私だって思っているが、そんな私もちょっと挫けそうなのがこの事実。
藤田氏は起業直後週に110時間働いていたという。
しかも凄いのは、それは目標であること。
余った時間があっても、余らないように仕事を増やすための準備に充てることで、自然と忙しくなって目標時間は達成されるのだとか。
だって、一週間って168時間しかない。
一日8時間寝ようと思ったらこれだけで56時間だから、食事の時間がない。
うーん。
来る起業時に比べたら、私の今の忙しさは練習程度だと思うことにする。
テレビ台を自作してしまった。
以前使っていたローボードから切り替えだったのだが、去年末から帰省を挟んで1ヶ月以上かかって、ようやく完成。
機能上のポイントは次の3つ。
家具屋もかなり回ったのだけれどこの条件を満たすものはなく、惜しいものはあったが目が飛び出るような価格であったりで、とうとう自作を決意。
近所のアヤハディオ(ホームセンター)で材料と道具を購入。
木材のカットはお店にお願いしたので、あとは自宅でヤスリをかけたりステイン剤を塗ったりニスを塗ったりして組み立てるだけ。
この「だけ」が大変だった。
冬で乾きが悪いし両面は同時に塗れないから、ちびちびちびちびとしか進まない。
初めての工作で要領も得ず、ステイン剤とニスを合計4回~5回も重ね塗りしてしまったせいもあり、結局1ヶ月少々かかってしまった。
しかし、その分できあがりのすべすべお肌はもう最高!
毎日頬摺りしてはうっとりしている。。
材料費はほぼ木材+塗料で約2万円なり。
シャープが構想しているそうだ。
学校の黒板が液晶パネルだったら面白い。
記事にもあった通り、理科の教材を動画で流したりもできる。
こうなると教材もがらっと変わりそう。
先生が説明を書いていってそれを書き取るなんて光景もなくなるかもしれない。
先生はボタンクリックで画面に教科書表示。
学生はどうするべきか・・・勉強のためには写したほうがいいと思うけど、データがあるならそのままもらいたいというのも人情。
先生の教材の電子化が進むと、当然学生側の教材も電子化されるだろう。
紙の教科書はなくなって、全員タブレットPCを持つようになったりするのかも。
穴埋めドリルも電子的に表示して、その上から書き込んだりできそうだ。
学校規模でタブレットPCの大量導入が起こるようになれば、テクノロジーも一気に進みそう。
液晶がこのまま覇権を握るのか、それとも有機ELの台頭か。はたまた新しい技術か。
PCの形を維持するのか、それともスタートレックに出てくるような簡易端末になるのか。
正直言ってWindows Vistaよりも、タッチパネル黒板のもたらすイノベーションの方が興味がある。
とうとうWindows Vistaが一般発売される。
XPから5年もたっているそうで、それまで特に不便もなく(ウイルスだけは鬱陶しいが)使えるあたり、そもそも大々的に新OSを発売する時代は終わってるんじゃないかとか思わなくもないが、ともかくめでたい。
"Vista"は、眺望とか景色とかいう意味があるそうで、MSはWindows Vistaがコンピューティングの新しい展望を見せるのだという願いを込めたかったのだろうが、革新を実現するはずだったテクノロジーの中には、開発の遅れと発売へのプレッシャーから、キャンセルされたり縮小されたり意味がすげ変わったりしたものも多い。
使っていないからここからは想像だが、おそらく使い勝手はよくなっているのだろう。
また、セキュリティの強化や、Tablet機能やMedia Center 10フィートUIの標準搭載もアピールポイントだ。
個人的にはあの立体タスクチェンジ画面には全く興味がないし(むしろ無駄だとさえ思う)、
ウィンドウの枠が透けたからどうだって思うのではあるが、Graphicsシステムが3Dエンジンの上に再構築されたことは非常に意味があると思う。
でもやっぱりAppleはもう2年くらい前にそれを実現しているし、LinuxにおいてはGraphicsシステム自体がプラグインだよ、と比べてしまう。
Windows Presentation Foundationで使われるXAML(ザムル)によるGUIプログラミングは面白い機能だと思うけど、FireFoxは同類技術のXUL(ズール)でできてるよー、と比べてしまう。
どうしてこうなんだろうとよくよく考えると、やはりOS機能を一斉入れ替えするような時代は終わってるんだと思う。
MSは新OSを売るための目玉が欲しいから、新技術の投入を引っ張りに引っ張る。しかし結局は少しずつ遅蒔きになってしまう。
MSの技術力は大変すばらしいのに周りが文句ばっかり言うのは、戦略がもう時代に合っていないのではないだろうか。
ハリソンフォードの「建設的な意見が出せないなら意見を言うな」という言葉に従って、MSがこうしたらウケる!と思うことを考えてみる。
例えば、メモリ管理とかプロセス管理とかドライバ管理などのOSの根本機能だけを切り出したものを出す。グラフィックスの下層くらいは統合されていてもいいだろう。そうだなぁ、名前はMicrosoft MicroWindows。
(思えばMicrosoftのソフトは、どれも全然マイクロじゃないな)
そして、様々なコンポーネントを別でアタッチできるような構造にするのだ。
GUIならAeroとか、Lunaとか、Classicとか。でもAeroはMicroWindows Vista以降でないと使えないとか、Classicはどれでも使えるとかそういう制限はあり。
ファイルシステムもアタッチメント。
今はNTFSだけど、WinFSにすることもできる、なんてのがあってもよい。
このバラバラ案の何がいいのかというと、技術が新鮮なうちに投入できること。
MicroWindowsや個々のアタッチメントは単価を下げれば、ユーザも買いやすい。
MSだって新OSとかOfficeのタイミングじゃないと儲からないということもない。
もちろん自分で組み合わせるのは面倒な人もいるだろうから、ある程度標準的なディストリビューションを作って販売すればいい。パック内容もころころ変えたらいい。
大口顧客向けには専用のディストリビューションを作っても、商売になるだろう。
Linuxはオープン故にモジュールがありすぎて大変だが、MS管理下のWindowsの世界ならもっと大きな粒度でできると思う。
と思っていたら、Windows Server Longhornには、GUIがないバージョンがあると聞いた。
もしかしたらMicroWindowsの布石になるのかも知れない・・・。
VHSは家庭に初めて動画コンテンツをもたらした画期的な技術だった。
(もちろんβもだけど、今いいたいのはビデオテープの話)
そして、その普及の黎明期を支えたのは、アダルトコンテンツ。
すなわちエロ。
高価で得体の知れないおもちゃを買うことが可能なのはオトナだけであったが、それでも初めてのモノには慎重になる。
しかし、オトナ(のオトコ)は知った。
この道具を使えば、家庭で誰にも知られることなく動くエロが見られる!!
そうしてビデオデッキは普及し、有名なVHS vs. βの戦いへと歴史は続いていくのだ。
今は次世代DVD戦争が始まったばかり。
かつて動画エロが手に入った頃のような感動には敵わないが、しかし、HDワイドアングルで画面に横たわる超美麗なエロがサラウンド音声付きで体験できるとなれば、食指が動くオトナ(のオトコ)は少なくあるまい。
この記事によれば、Blu-ray Discではアダルトコンテンツの製作に困難があるというが、そんなことはあってはならない!!
Blu-rayの普及のためにはエロが必要だともっと働きかけるべきだ!
どんどんエロを出せ!!
PlayStation3という安いプレイヤーもあるぞ!!
SCEI自ら、裏で糸を引いて、BDアダルトコンテンツをバンバン出しまくるべきではないのか!?
次世代DVDも、その普及はエロが握っているのだから。。
あ、断っておきますが私は興味ありませんので悪しからず・・(笑
Windows Vistaの画像管理は、キャプチャデバイス(のメモリ)から取り込む時に手動でタグ(キーワード)付けをし、その後はそのタグで検索ができるようになるらしい(ITMedia)。
現在のコンピュータ業界-特にWWW-では検索システムが非常に重要なキーコンポーネントとなっているが、検索システムの仕事とは、画像や文書の中の文字列などからその文書の特徴を示すキーワードを見つけ出し、それがユーザーの指定するキーワードと合致するかを調べるものだ。
ドキュメントを探す場合にも、グーグルデスクトップ検索などが登場している。
しかし、ドキュメントというものは、作った時点あるいは手に入れた時点で、本人がどんな内容を求めどんな意図を持っていたのか明確であり、そのドキュメントを思い出すためのキーワードは自然に決まるはず。
であれば、自動検索は必ずしもすばらしい解とは言えないのではないか。
そこで推すのが、冒頭の「手動タグ付け+タグ検索」である。
個人的にこの手法は長らく注目していて、なかなか作成には至っていないけれどずっと管理ソフトの構想もしている。
Windows Vistaでは「検索」が一つの目玉機能とされているのだけれど、自動検索でない新しいスキームの検索を取り入れているあたりにちょっと感心した。
画像検索は次々増えるからあまり過去のデータを考えなくてよいし、タグをつけるタイミングも必ず存在する。
ドキュメント管理全体に広げず、こういった素材から試すところは、互換性と体面を気にするMSらしい。
VistaはXP2.0と揶揄されるほどパラダイムチェンジのないOSと噂されているが、こういうイノベーションの種をもっと追求してみたらどうなんだろう。
Windows Vistaとともにハツバイされる、2007 オフィス システム(なまえカワッタ)。
かいしゃではせんこうはつばいのボリュームライセンスがてにはいるので、さっそくOneNote2007とIME2007をつかっている(とうぜん、せいひんばん)。
ところが!!
IME2007にはバグがある。
なんと、かんじへんかんできないのだ!!
グーグルでしらべてもおなじしょうじょうたはつ。
さいあくである。
これかきおわったらサクジョしてやる!!
家電の国際展示会 International CES が先日まで開催されていた。
その中でSonyが出していたのが、有機EL フルHDテレビ。
有機ELテレビは自発光だから、バックライトが要らない分液晶テレビよりも薄くて消費電力も少ない(参考サイト)。
ただし、寿命がだいぶ短いのと、大面積化が課題だった。
なお、展示は27インチと11インチだったのだが、27インチもあれば小さなリビングであれば十分成立すると思う(ちなみに私の自宅のセミHD液晶テレビは26インチ)。
ところで、実家のリビングのテレビが壊れてしまった。
今は寝室にあった小さいCRTを運び込んでしのいでいる。
ぜひ買い替えたいが、地デジ移行を控えているから当然地デジ対応、またフルHDが流行っているから、フルHDの液晶テレビを選択しようか、となる。
しかし、やはり価格はどうにもネックだ。
通常のリビングでは40インチ前後のものが欲しいが、フルHDの国内有名ブランドでは40万円は下らない。
HDで地デジとはいえ、今までのCRTテレビに比べて数倍も高い金額は、いくら何でも高いと思う。
ところがよくよく調べれば、フルHDではない地デジ液晶は20万円を切るものも多く存在している。
そこで、今はフルHDじゃない地デジ液晶を安く買って、次の買い替え時に有機ELのフルHDを買うというのはどうだろう!?
たぶん10年くらい後には有機ELの寿命問題も解決しているだろうし、SED(は出るか微妙だけど)とか他の方式も溢れて値段ももっともっと落ち着いているに違いない。
あの麻倉怜士氏をして「もう液晶はいらないんじゃないか」と言わしめたSonyの有機ELが控えているのがわかった今、流行に踊らされてフルHDにこだわる必要ないんじゃないかと考え始めた。
その方がお金を有効に使えるのでは?
どうでしょうか。
噂のiPod携帯、iPhoneがとうとうお披露目。
Appleのセンスの良さには毎度毎度驚かされるが、一番驚くのは思い切りのよさかもしれない。
何せ、ボタンがない。
携帯電話のくせにダイヤルキーがない。
iPodとしても使えるのに再生ボタンもくるくるやるアレもない(名前知らん)。
iPhoneはほとんど全面タッチパネルになっていて、そこに表示されるソフトウェアキーを押すことで操作するそうだ。
ソフトごとに最適なインターフェースになるから、右キーはエディタではカーソル動くけどブラウザでは進む機能、とか覚えなくてよい。
思えばタブレットPCでもできちゃう話ではあるのだが、携帯電話でやるところがポイント。
PCではやりたいこと&できることが多すぎて、操作の革新は、非対応の場合の不便ばかりが目立つ。
携帯電話はそもそも機能が特化しているから、革新の成果が際立つ方向に働く。
そういうところをうまく捉えて、アイディアも力も正しく使って、テクノロジーをイノベーションに変えている会社は、今のIT業界には少なくなったと思う。
そうそう、Appleは社名も変えたらしい。
う~ん、やはり思い切りがよい。
今年は元旦から大ショックがあり、眠れない自体に陥った。
一方で、数年ぶりの古い友人との嬉しい再会が何度も重なったりもした。
そんな、喜怒哀楽激しいスタートを切った3日の出来事。
甲の部分のしわがチャームポイントのお気に入りのalfredBANNISTERのブーツ。
外出のためこのブーツを履こうとしたその瞬間、なんとこのしわが綺麗に伸ばされていたのだ!!
しかも左だけ!!
ってな夢を見た。
めっちゃショックやった。
今年を占う夢だとすると、、、先が思いやられる。
2006年最後のブログは札幌から。
毎週月曜・木曜で続けてきたこのブログも、帰省で油断して最後の最後でペースを乱してしまったorz...
これまで東京への憧れをつづったことが何度かあった。
札幌だって、きれいなところや大きな建物はいっぱいあるし、悪くはない。
ただ、札幌が好きと言ってくれる人は、広い大地に憧れてとか、空気がきれいだからとか、食べ物がおいしいからだとか、そういうことばかり。
ここへ来れば夢が叶うと思ったという言葉はあまり聞いた事がない。
自分でもそう思っていない。
つまり札幌に足りないのは「ギラツキ」。
札幌は、夢を託すには時間がゆっくり流れすぎる。
一方、東京は大人から小学生にいたるまでやたらギラギラしている。
札幌と東京のどちらがよいかというのは職業とか家族構成とかにもよるわけで良し悪しなんだけど、現代社会においては経済的にギラついていないと文化・思想の中心になることは難しいわけで、北海道にあってはその立場を札幌が担わなければいけないと思うわけだ。
最近は、大泉洋やタカ&トシなどの北海道出身の有名人が活躍して非常に嬉しいわけだが、北海道の活性化のためには、彼らが頑張ることによって北海道は面白いものを生み出しそうな土地なんだぞと周りに思ってもらうことまでが必要だ。
そして芸能だけでなく、経済でも同じようなことが起こってくれば、もっと北海道も面白い土地になると思う。
よく、故郷の北海道に戻りたいと思わないかと聞かれるが、今の仕事を極めるためには北海道に目標とする場所はない。
もし札幌が自力でギラギラを獲得できそうになかったら、私がギラギラを連れてきたいとは思っている。
昨晩、テレビで「北の零年」という映画をやっていた(DVD 3,990円)。
北海道開拓時代の話で、遠くからやってきた侍が未開の土地を開拓する様子や、明治政府に変わり社会の仕組みの移り変わりに翻弄されていく部分など、北海道出身としては興味深く観賞できた。
また、アイヌ人(本当は「ウタリ」というべきだけど)も重要な役どころで登場するのも嬉しい。
ところで、終盤は主人公がとあるきっかけで馬牧場をはじめることになり、農耕などに役立てる。
ここで違和感。
前述のアイヌ人も馬に乗っているのだけれど、どちらもサラブレッド種なのである。
北海道には道産子という馬がもともといるのだ。
和人が使う馬は両方の可能性があるけれど、少なくともアイヌ人が最初からサラブレッドに乗っていたなんて考えにくい。
まぁ、真実は良く知らないけれど、北海道開拓史の骨太なイメージの中に、サラブレッドが颯爽と走るのには違和感を感じた。
P.S.
北海道の畜産業にはエドウィン・ダンというアメリカ人が貢献したそうで、映画にも登場する。
真駒内に記念館があるそうで、機会があれば行ってみたい。
先日の例は飛躍しているという指摘はごもっともなので、飛躍しない例を考えてみたい。
条件は、その道具は正しい使い方があるのだが、変更なしで犯罪にも使えるもの(例えば追加のスクリプトを組んだりしない)、と考えればよいだろうか。
ソフトだとどうしても犯罪専用プログラムしか思いつかないので、他の道具で挙げてみる。
想像力が乏しいのだろうか、あまり思い浮かばない。
またWinnyはこれらと同じと考えるには違和感がある。
何故だろう。
例をあれこれ考えてみた時に感じたのは、世の道具はその使い道は結構特定されていること。それを逸脱すればいくらでも例は思いつくが、それこそ飛躍した例になってしまうだろう。
これを逆に捉えると、Winnyの違和感は、Winnyの(法的に)正しい使い方が思い浮かばないことからきているのではないだろうかと思い至る。
でも、ほかにもP2Pソフトはいくらでもあるわけで、それらも危険性は内包しているにせよ、音楽配信でもメッセージ交換でも、使用者が正しく使うよう工夫と努力をしているものである(それでも企業では無差別に排除してたりするけど)。
その方法には、使い方の啓蒙もあるだろうし、周囲とのネゴや、あるいは制限も必要なのかもしれない。
だから、もっとも威力を発揮する使い方(Winnyの使用目的といってもいいと思う)が「匿名データ交換自由自在(だから権利無視も自由自在)」、しかも使用者を野放しというWinnyは、技術面からだけ議論すれば○だけれど、侵害幇助といわれても仕方ないのではないだろうか。
P.S.
こちらの記事に弁護士の意見がある。私の結論と近いように思う。
Winny作者に有罪判決が下った。
この議論に対する勢力は大きく2つ。
この2つの話を聞いていると平行線で全然交わる気配が無い。
それもそのはず、この2つはテーマが違うからだ。
大体プログラマ周りで話を聞くと後者支持が多くて、じゃぁインターネットを発明した人はめちゃめちゃ重罪なのか!とかOSを作る人はどうなるんだ!とか話が飛躍する。
でも、大体論理を飛躍させなければならない時には、主眼点から目をそらしているか論理自体が破綻していることが多い。
もっと冷静に、その用途を意図して作ったかどうかが問題になっているんだ、ということを考えようよ。
オレオレ詐欺専用ソフトを作って、詐欺をした人だけが悪いというのには無理があるでしょう?
弾道弾軌道計算ソフトを作って、ミサイルを撃った人だけが悪いというには無理があるでしょう?
私も開発者の端くれなので意図せぬ使い方による場合の開発者保護は絶対支持だが、今回のWinny事件はやっぱり有罪なんだと思わざるを得ない。
前作はPS2だったが、新作のプラットフォームはPS3でもWiiでさえもなく、な、なんとニンテンドーDS!!
Wi-Fiが決めてであったということだが、PS3だってWiiだってネットワークには繋がっているけれど対戦するには何らかのプロバイダなりに登録しなくてはならないわけで、それよりも近くにいるだけで繋がるDSが選ばれたということなんだろう。
WBSのニュースでソニーの広報は「PS3の新機能をいかしたゲームを出してほしい」と言っていたが、結局PS3の新機能は「高速」のほかにない。
一方のDSやWiiは、Wi-Fi、ペン、モーションセンサーなどの本当に新しいものを持っている。
実はそれは誰しも気づいていたのだけれど、やっぱり派手な話題の多いPS3に注目しておかないとならなんじゃないかと思って黙っていたんだろう。
しかし、今回のスクエニの決断で、いよいよ任天堂すごいぞ!となりそうな予感。
Wiiリモコンは、加速度センサを積んだBluetoothデバイスなわけだが、PCでも使えるらしい。
前にペンタブレットのことでも書いたけど、PCみたいな汎用のツールで使うときには、どうしても今までのアプリを動かせるかという話になりがちだ。
だから、新しいデバイスだからこそできる技が生まれにくく、やはり幅が広がらない。
しかし、ゲームは形式に縛られない部分が大きいから、どんどんおかしなものがたくさん出てきたら、事態が変わりそうな気がする。
ファミコン以来のコンピュータ業界大変革はあるのか、ないのか。
ぜひあってほしい。
楽しみ★
Visual Basic .NETを使ってウィザード形式のソフトを作っているのだが、どうにもしっくりくる方法が用意されていない。
プログラマから見たときのウィザード形式の特徴は次のようにまとめられるかとおもう。
前者に関しては、自前でコントロールの配置を並べなおすのはあまりにも悲惨なので、タブページコレクションを使っている。これで問題なさそうなのだけど、唯一タブを消せないことが不満!上にパネルを貼って隠したりして凌いでいる。
後者はフォームが一元管理するのでまぁよいが、「戻る」場合のロールバックなどを管理するコントロールがあってもよさそうだ。
一斉を風靡したウィザード形式。
現在はモードレスな方式が多くなっているように思うけれど、用途によっては非常に役立つ。
デザイナ側のサポートがないのが不思議である。
誰かいい方法知ってたら教えてください。。。
イナバウアーが今年の流行語大賞に選ばれた。
オリンピック直後はもとより未だに体をそり返しては「イナバウアー」と叫んでいる様子をみれば、納得の選択。
国を盛り上げた言葉という観点でも、イナバウアー(そして荒川静香選手の活躍)は大賞にふさわしいと思う。
ところで、大方の人は、イナバウアーとは体をそり返してすべる技だと思っているのではないだろうか?
本来は、つま先を180度両側に開いてすべる技をイナバウアーというのであって、体を深くそり返すのは荒川流の工夫なのである。(さらに詳しい解説はWikipedia)
とかなんとか、他の選手のイナバウアーや大賞のニュースを見たときにこんな薀蓄を語るのもよろしいかと:-)
立体商標というのがあることをしらなかった。
1996年に始まった制度で、カーネルサンダースやペコちゃんが登録されているらしい。
看板など、そこから想起するものがユニークであれば、登録できる模様。
ひよこは東京みやげとして有名だが、もともとは福岡のお菓子であるというのもまた有名な話。
さらに調べてみると同様のお菓子は全国各地にあるらしい。
今回のニュースは、株式会社ひよ子が2003年に「ひよ子」を立体商標登録したことに対し、同様の菓子「二鶴の親子」を販売する「二鶴堂」が無効請求を出していたのだが、特許庁が退けたのに対し、高裁によって無効と判断されたものだそうだ。
弁理士会も疑問を呈するコメントを出しているので、本件は特許庁の判断ミスだったのかもしれない。
立体商標というものも勉強になったけど、ひよこ型饅頭が全国各地にあることが驚き!
東京行ったときに喜んで買って帰ると恥ずかしいのかも・・・。
ところで、ニュースにある特許庁が登録を認めたときのコメントが笑えるヨ。
政府が2025年に向けて日本がどうすればよいかアイディアを募集している。
その名も「イノベーション25」。
日本が成長するためのイノベーションに関する意見を、ネットからまたは郵便・FAXで投稿できる。
イノベーションは安倍内閣の公約の一つだそうで、イノベーション担当大臣というものが設置され現在は高市早苗氏が就いている。
私も早速エネルギー政策に関する持論を投稿してみた。
選挙以外で政治に参加することはなかなかできないけれども、こういう機会にでも小石でもいいから波紋を投げてみたい。
大臣は全ての意見に目を通すと言っているので、あなたもぜひ投稿してみよう!!
# 2chパワーで大量投稿しても面白いと思う。
P.S.
こちらのTech On!の紹介記事で存在を知った。
ところで、イノベーション25は、サイトデザインにももっと気合入れて欲しいね。
月刊アスキーが変わっていた!!
毎週本屋には立ち寄るが、ふらっと棚を見ていたら見慣れない装丁の雑誌に「月刊アスキー」と書いてある。
ページ数も少なくあのごっつい背表紙はない。
完全に見た目はビジネス雑誌。
何の雑誌かなと手にとって見るとそれは、「パソコン誌卒業宣言」をして「ビジネスとITのギャップを埋める」ために生まれ変わった月刊アスキーそのものだったのだ。
もともとの月刊アスキーは、パソコンオタクや自作マニアなどのパワーユーザ層向けの新製品情報や使いこなしを研究・紹介する雑誌の草分けだ。
PC User、DOS/V SPECIALや日経WinPCなどもそうだが、パソコンの普及とともに初心者層が増えて雑誌は乱立し、マニア層はWebから情報を取るようになりと、苦戦しているジャンルである。
30年続いたそのスタイルを全て捨て去るというのは、さぞ抵抗があったに違いない。
実際PC UserとDOS/V SPECIALは変化ではなく、休刊を選んだ。
しかし、次の30年を生き続ける為に苦しい変化を選び、出来上がった新しいアスキーは、見た目にはもう以前の姿はないが、記事の多くが技術視点になっているあたりは他のビジネス誌とは違うアスキー魂を垣間見せる。
まだまだ真価はこれからだけれども、注目したいと思う。
気になる方はまずはこちらのWebサイトを。
IntelがクアッドコアのXeon X5355/E5230を発表した。
デュアルCPUにすることで、8コア環境がパソコンでも実現できるようになった。
(Cellはあったけど個人用パソコンとしては買えない)
記事の中でいろんなベンチマークをやっているが、ほとんどの場合比較対象のXeon 5160(デュアルコア)×デュアルCPU=4コアとほとんど変わらず、せいぜい30%程度の差がついたのがCineBenchだけで、それ以外はむしろクロックの高い5160の方がスコアがいいくらいだ。
まぁ、Xeonを買うような人は高解像度ビデオのエンコードをガンガンやってる人なのかも知れないけど、マルチコアの使い方はこういうことじゃないと思うのだ。
ところで、私はエディタ10枚、プログラミングIDE2枚、ブラウザにPowerPoint、Excelと、ウィンドウを多数同時に開いて使うスタイルである。
え、めちゃくちゃだって?(^^;
もし上の15のアプリをシングルコアで時分割して動かすとすると、3GHzであっても200MHzずつだ。
しかし、デュアルコアの2GHzで使うとすると、266MHzずつになる。
例えクロックが低くてもマルチコアのほうがアプリは快適に動くはずなのだ!!
昔デュアルCeleronが流行したことがあったが、それを使っていた時はかなり快適だった記憶があるから、この計算もまんざら乱暴というわけでもないだろう。
そういうわけで、そろそろマルチコア環境に再入門したいなと思っている。
だが、今までのベンチマークはこういうあたりをうまく表せていないと思う。
ぜひマルチコアでのデスクトップ環境にマッチしたベンチマークも開発して欲しいなと思う今日この頃なのである。
松坂大輔投手の落札価格が60億円だったそうだ。
一方、サラリーマンの平均年収が423万円(と報道ステーションで言ってたような)。
それで割ると1418年。(報道ステーションでは2300年くらいって言ってたような。どんな計算だったんだろ^^;)
そうやって考えると異常に高く感じるが、実際この額を出してもいいと思う人がいるわけで、ちょっと違う試算をしてみる。
レッドソックスの試合、約150試合に、毎回3万人入るとする。
そのうち、松坂がいるからこそ行くのだ!というサラリーマンが2000人くらいいるとしよう。(とりあえずアメリカ国内で)
チケットが1人1試合2000円とすると、2000人×2000円×150試合=6億円となる。
さらに松坂がいるからこそ行く!という日本人がいるとする。
毎試合50人くらいが、ボストンのホテルに泊まって、ついでに街で買い物をするとしよう。
ホテル15000円、買い物10000円とすれば、50人×25000円×150試合=1億8750万円。
と、こうやって考えると、個々人の落とすお金だけでもかなり回収できてしまうようだ。
さらに日本マスコミへの放映権とかあるだろう。
どのくらいで売れるのかしらないけど、5億円くらい?
よくよく計算すれば投資額としては妥当なのかもしれない。
個人には一生手にすることのないような大きな金額が行ったり来たりする世界があるということをひしひしと感じるニュースではあるけれど、松坂のメジャーでの活躍を応援している日本人は1000万人くらいいると思うので一人600円くらい応援するのはやぶさかでもないだろうから、巡りめぐってその分だと思ってもいいような気になってきたのは、何か間違ってるかな(笑
我らの町でも全チャンネル地デジ放送が開始され、個人的にはすっかりデジタルに移行した。
ハイビジョン放送はやっぱり綺麗だし、横長画面も迫力がある。
ただし、コンテンツはまだまだ追いついていなくて、かなりの放送はSDのソースを流用したもので、HD品質なのは文字スーパーインポーズだけだったりする。
しかし、もっとも気になるのは、HD放送であっても4:3のレイアウトの番組がほとんどであることだ。
例えば朝は時計が表示される放送が多いが、普通左上隅っこ(感覚的に言えば上から1cm左から1cmのところ)に表示される。
当然HD(=横長放送)のときもそうなるべきなのだが、左にかなりスペースを持たせた位置に表示される。つまり、縦3に対して横4の領域に収まるように表示されるのだ。
スーパーだけでなく、人物やスタジオセットの配置も同様で、4:3の時と同じ。
HDで追加された左右の領域には、どうでもいいスタジオの壁とか、誰もいない机の端っことか、カットされてもいいであろうゴミ領域などが表示されている。
では、何故そういうことになっているのか。それはこういう理由だろう。
放送を徐々にHD品質へ移行しつつはあるが、スーパーインポーズも含めて編集をHDとSDで分けるのは大変な手間になる。であれば、配置はSDに合わせたまま画質はHDで作っておいてSDではダウンサンプリングして放送すればよい(注)。レイアウトはださいがHDでも表示はされるのだから大きな問題にはならない。
(注:HDのスーパーとSDのスーパーは書体も違っているので、レイアウトだけが共通でダウンサンプリングではないようだが)
これではせっかくのHDも魅力半減。
横長がそんなにいいのかというとやっぱりよくて、稀にHD専用のレイアウトを使った放送を見ると、広い視野全体を使ったダイナミックな映像は、とても新鮮な迫力を提供してくれる。
地デジへの移行促進あるいはFPDの販売のテコ入れと日本経済のためにも、ぜひともHDならではのプレミアを持たせた放送をしてほしい。
PS3も発売されてさすがの映像品質を強力アピールしているが、HD最適化コンテンツがゲームと映画だけなんてことがないようにしてもらいたいものだ。
ハリソンフォードは
「状況を改善する建設的な意見を言えないのなら、何も言うな」
というような内容のことわざを座右の銘として生きてきたそうだ。
私も大人になって、新聞やらテレビニュースやらの政治ネタを見聞きしたりするわけだが、まさに日本の政治家にはこの言葉を送りたい。(外国の政治家は知らないが)
ヤツら、対抗グループのスキャンダルを探して揚げ足を取るだけで、事態をなんとかしようという意見を全うに話しているところを聞いたことがない。
あるいはそういう部分は面白くないから報道しないというのなら、マスコミはもっと質が悪い。
単位未履修問題で大臣を変えようとか、核論議発言をする中川さんはやめさせようとか、はっきりいってそれでは何も問題は解決しない。
どうやったら単位未履修がなくなるのか大臣に考えさせるとか、核が何で良くないのかを議論するとか、そういうことが大事だろうよ。
万年野党のみなさんもそうだ。
与党のパパラッチとか条件反射のように与党案の反対とかばかりしてないで、ここが悪いからこうしようとかそこは素晴らしいから採用しようとか建設的な言葉で国民をうならせてみろよ。そんなことだからいつまでも野党なんだよ・・・。
先日の朝日新聞土曜版be。
香港上海ホテルズCOO ピーター・C・ボーラー氏の話が載っていた。
香港ホテル業界はSARSの時に客が全くこなくなり大変な危機に陥ったそうで、多くのホテルは従業員の削減という方法に頼らざるを得なかったらしい。
しかしボーラー氏のザ・ペニンシュラは、ペニンシュラグループのオーナー マイケル・カドゥーリー氏から誰一人やめさせてはいけないと諭され、それを聞いた従業員の自主的な給料返上と経営努力だけでなんとか乗り切ったそうだ。
さらに、オーナーが末端の従業員のことまで気にかけていることに象徴されているとおり、グループ全体の絆が強い。
ボーラー氏は勤続25年だが、目標は最近まで75年勤め上げた先輩だとのエピソードも紹介されていた。
忠誠心が強いですね、と記者はコメントしていた。
一方で、最近の私は新たなスキルや資格で自分自身を高められないか模索している。
一つの理由は、会社をいつ辞めてもやっていけるようにだ。
自主的な理由だけでなく、経営や業界の状況に応じて従業員削減や事業ごと他社へ譲渡されるケースも多いから、それらの備えでもある。
だからといって忠誠心がないかというとそうでもないと思っている。
当然勤めている間はその会社の業績に貢献することを考えているわけで、スキルアップはその副作用として認められているわけだ。
だが前述のホテルの忠誠心とはだいぶ違う。
家族的なホテルグループと、高度に組織化された国際企業の違いなのかも知れない。
忠誠心の形はいろいろかもしれないけれど、尊敬する誰それのためにとその組織に尽くすのか、スキルと時間を買ってくれるから組織に属するのか。
前者の形で集まる人々への羨望が湧いてやまないのは何故なのか、まだ答えは見つからない。
ITmediaでやっている連載に「見てわかる パソコン解体新書」というのがある。
パソコン周辺で使われている様々なテクノロジーを、美しいグラフィックスとともに詳しく解説してくれる。グラフィックも文章も丁寧で、ポイントを押さえていてわかりやすい。
もともとはPC USERという雑誌の人気連載で、休刊とともに終了したがITmediaで復活したもの。
確か100回は行ってる長寿連載でもあり、単行本にもまとめられている。
DVD、メモリ、サウンドカード、デジタルカメラ、インターネット、OS、携帯電話・・・。
営業職の先輩も買って読んでいた。
好きな連載だったので、Webでの新連載を楽しみにしている。
テクノロジーに興味がある人はぜひ読んで見ては。
ソフトバンクモバイルが携帯全機種0円で提供するという割引を発表した。
どうもよくよく見ると、電話機を割賦販売してその月次の支払いを割り引くというサービスがあって、その頭金が0円ということのようで、実際に無料で手に入るわけではないらしい。
しかし型落ちの電話機が、といっても1年くらいだが、それが0円で買えるようになって久しく、すでに当たり前と思っていることもしばしばだ。
もちろん製造にはコストがかかるから、実際は販売店が負担しているのだが、さらにその裏では携帯電話キャリア(ドコモ、KDDI、ソフトバンク)が「販売奨励金」という報奨金を出して補填していることにより、このモデルは成り立っている。
しかし、私はこのやり方、以前から反対である。
だから0円携帯は買ったことはないし、興味もない。
本来ならば携帯電話機というのは3~5万円程度するはず。
携帯電話はIT業界の中でも極めて先端をいくテクノロジーの粋の塊であるわけで、それは決して高くはない妥当な金額だ。
だが、若者をはじめ携帯電話を0円で買う(?)多くの人は、そんなことは微塵も考えない。
無料で配れるくらいだからその程度の大したことのないものだと思っているのだろうか。
それでは技術へ敬意を払わなくなってしまうだろう。
そもそも奨励金の制度は、利用料金を払っている私たちが間接的に負担しているとも言えるわけで、すぐにでも縮小していくべきだけれども、ビジネスとして成立する場合でも、教育的観点から無料はすべきでないと考える。
いろいろなモノやアソビへ金を使いたいならば、金の使い方を研究すればよい。
なんで高いのかと疑問を持ったならば、社会のしくみや科学を勉強すればよい。
「受験には」必要のない教科を無用と考えるのではなく、そういうナゼナニこそ教育なんだと思うのだけれど。
日本ハム、日本一ばんざい!!
我等が北海道に野球チームが誕生して3年。
とうとう優勝旗が津軽海峡を渡った。
それだけでも嬉しいのに、新庄のひっぱったこのチームは、日本一楽しいチームであった。
観客を楽しませるプレイとパフォーマンス。
セリーグのヤクルトとともに球界に新しい風を吹き込んだ。
テレビを通して見る見慣れた札幌ドームが、今は違う歓声で満たされていると思うと、少し悔しい。
以前私もブログか何かで書いたことがあるこのコンセントが、メーカー協賛企業へのお披露目に参考出品だそうで、ひそかに興奮を隠しきれないでいる。
もともとこのコンセントは、フジテレビが東京ローカルでやっていた「ニューデザインパラダイス」という番組の中で生まれたものだ。
この番組は巷に当たり前のようにあふれているモノに新しいデザインを与えようと、毎回一品、各方面の著名あるいは新進気鋭のデザイナーへ依頼し挑戦してもらうという、実に文化的に意欲的な番組だ。
出来上がるデザインが面白いのは、道具としてのアイデンティティを維持したまままったく違う姿になったとき。そういう意味で感動したのが、このコンセントだった。
作品によっては、単にデザイナーの自己満足のときもあって、そういうときは期待を裏切られたようでがっかりする。
そういえば、ありきたりのモノに新しいデザインを与えようという行為は、マウスの次を考えることにもつながるような気もする。
ところで、この番組は東京ローカルだから、出張のときにたまたま数回見ただけなのだけど(そのたまたまがコンセントだった!!)、実は作品は書籍にまとめられて販売されている。(これとこれ)
デザインに興味のある人はぜひごらんあれ。
絶対勉強になると思います。
私はコンセントの発売が実現することを心待ちにしよう。
液晶画面付キーボード?が発表になった。
ロシアの会社による本デバイスは、ずいぶんと前から情報が小出しにされてきたが、一応製品発表までこぎ着けた模様。しかし発売は2007年下半期と言うからまだ先の話ではある。
キーは結構大きく、1つのキーあたり上下左右+直下の5方向に押し込めるらしい。
キートップに表示された画像とその操作性で、あらたなUIを狙うのだろう。
私も結構前から新しいUIには関心があって、タブレットPCとしてThinkPad X41 tabletも持っているし、十字キーと4つボタンが片手で操作できるというジョイスティックも買ったことがある。
1968年に発明されたマウス以来、マウス自体はホイールなどで進化してきたものの、それ以外に登場した入力デバイスはせいぜいペンタブレットくらいではないだろうか。
(トラックボールなどはマウスと原理が同じなので一緒と考える)
キーボードとマウスの組み合わせは、文字入力とポインティングに関してかなり万能ではあるのだが、テレビや家電とコンピュータが融合しつつある現代においては完璧とはいえない。
テレビ用としてはこれまた相変わらずの赤外線リモコンが使われているが、これでコンピュータ的な操作-例えば階層メニューの操作をしようとするとえらくたくさんのキーを押さなくてはならなかったりする。(しかも反応悪いこともたびたび)
やはり10フィートデバイスとしてのコンピュータには、新たな入力デバイスが求められているだろう。
車や街頭(店頭)へのコンピュータ進出という観点でも、入力デバイスがない。
ここでは操作する側がコンピュータ相手と思っていない事が多いから、そういう特別な配慮なしに操作できるものが必要だと思う。
一つの解は音声認識で、これはもう少し年月が進めばほぼ完璧に近い形で実現しそうだ。
さらに情報過多のこの時代において、検索は非常に強力なツールとして定着したのだけれど、画像や音声などのデータが増えるにつれより直観的な検索を行う必要がある。
そしてそのためには入力デバイスとの連携が必要になると思う。
何の映画だったかトムクルーズがやっていた、空中に見えるパネルを両手で操作していく、っていうのはそういう直観的な方法の一つかも知れない。
もちろん、今まで思いつきもしない新しいデバイスでもいい。
ともかくWeb2.0とかAjaxとかソフトウェアの面だけでなく、そういうハードウェアな所も日々考えを巡らせたいモノだ。
そのハードウェアこそが人間とマシンの触れあう部分なんだから。
PS3用Linuxの発売がアナウンスされた。
出るとは言っていたが、アリバイ程度のものだろうとあまり信用していなかっただけに、そのパッケージ内容には驚きと喜びを禁じえない。
gcc 4.1.1、CellSDK 1.1・・・これはつまりプログラムを使ってPS3で実行して遊べるということを意味する。しかもSPEを使ったマルチコアプログラムを、である。
マルチコア時代をリードするプロセッサであるCell Broadband Engineで修行ができるということは、これからの新たなCPUパラダイムへの準備としては申し分ない。
しかもお値段もお手ごろになった。
60GB HDDの上位モデルでも6万少々になるようで、それって値下げ前の20GBモデルの値段じゃないか。
前々から欲しいと思っていたSACDプレイヤ機能まであるらしい。
起動時間がかかったらいやだな。音質はどうなのかな。ちゃんとスピーカドライブできるのかな。
終わったと思っていたPS3への物欲が俄然目覚めつつあるのであった。
最近の仕事から思う、今後数年のプログラミングネタを想像してみる。
まず、マルチスレッド。
CPU業界ではマルチコアの流れがもう止まらなくなっているのでこれは当然。
特に並列計算オフロードタイプのプログラミングスキルが必要になると思う(今はUIと作業の分離のためのマルチスレッドが多い)。
次は、特定機能コプロセッサとの協調プログラミング。
組み込みでは汎用コアを中心にコプロをつけたASICは既に常識。PC用でもAMDがTorrenzaを提唱しており、Intelも追従する模様。
でも(CPUからみて)何らかの外部I/Oに接続されたコプロの性能を十分にコントロールするのは結構難しい。コプロごとにコントロール方法が違うであろう事も予想される。
バスとかメモリとか周辺ハードウェアにも幅広い知識が必要になるだろう。
ヘテロジニアスマルチコア。
メインコアと命令セットの違う汎用サブコアを持つ場合をここに含める。
実装例はまだCellしかないと思うが、ハイエンドや組み込み系など再コンパイルを厭わない場合は、性能対電力効率の追求から増えてくるかも知れない。PC用はバイナリがそのまま再利用できるタイプが好まれるので進まないだろう。
コプロとの違いは、サブコアも自立したMPUであること。だから親子関係が存在しない完全な並列動作も可能。
技術的にはクラスタに近いが、ヘテロコアを活用するためにはノードごとの命令セットを考慮せねばならず、OpenMPのような並列プログラム開発環境はまだ発展を待たなければいけない。
そして、高機能ライブラリのWebサービス化。
数年前まではライブラリとはハードウェアの機能を抽象化していくことが仕事だった。
レジスタと割り込みによるCPUコール、BIOSのファンクションコール、そしてOSのAPI。現在はJavaや.NETのようにネットワークまでを取り込んだアプリケーションのビルディングブロックをライブラリ化したものが主流になった。
既にWebサービスという概念は定着しているけれど、今後はそれがクライアントでも進んでいくと思う。たとえば自分が好きなサービス(モジュール)を組み合わせてワープロや表計算、プレゼンアプリが構築できるようになる。サービスはInternet経由で起動ごとに提供されて常に最新の機能を利用する。
ただしブラウザがOSに置き換わるというのは反対。リッチなGUIはAjaxではなく、ローカルで提供した方が遙かに効率がよいから。しかし、WindowsのようなメガOSはその存在意義を再構築しなければならないだろう。
以上、すべて既に進み始めているモノばかりの洗い直しと言えばそうなのだけれど、自分が先頭にいられるためにはきちんと抑えておく必要がありそうだと思っている。
PC Watchのコラムを読んで。
Microsoftのソフトは使わないような機能まで一緒に詰め込んでいて重すぎるというのは以前から言われていたこと。
Officeしかり、Windowsしかり。
Windowsの発展が、PCのハードウェアの性能向上を引っ張ってきたという点は否めないが、機能的にも性能的にも向上がひと段落した現在においてはその言い分もやや分が悪い。
記事にあるように、誰にでもモンスターマシンを要求するメガOSでなく、ユーザの要求とハードのコンセプトに合ったOSを提供してくれることはないものか。
Linuxの隆盛も、このあたりのカスタマイズをかなり自由にできる点が貢献していると思うのだが、Microsoftはそうは考えていないのだろうか。
企業向けのある程度大規模なソフトウェアは、ミドルウェアと呼ばれる基本モジュールパッケージを中心に、要望と機材に合わせたカスタムアプリケーションを作成することが主流だ。
どんどんソフトウェアは無料になって直接は金を生まなくなり、ソフトウェア同士を組み合わせてアプリケーション(応用製品)を作るという行為・・・すなわちSystem Integrationが商売になっている。
SaaS (Software as a Service)の考えが広がればますますこの傾向は強くなるし、より小規模なソフトウェア・・・それこそOffice製品などでもそのようなことが起こってくるのは間違いない。
OSだってそうなっても全然おかしくないと思う。
さて、最初に実現するのは、Windows? Mac OS? Linux? それとも・・・。
# それとも、これ読んで作っちゃいますか?w
先日某アンケートに答えたら、DMがきたのだが、宛名が間違って届いた。
「○○貴弘 様」となっていたのだ。
正しくは「意弘」で、読みも漢字も全然違う。
ここで怒るだけでは向上がないので、もう少し原因を考察してみる。
私の名前の漢字は確かに珍しいし多分知らないと読めない。
アンケートにカナは振らなかったので読みから推測することもできなかっただろう。
とすれば知らない漢字を見たときに人が考えることは何か!?
「これは『貴弘』という字に違いない」と自分の知識の中から探して思い込んでしまうのではないだろうか。
人は幽霊や猟奇殺人など理解できないことを恐れるから、思い込みは一種の防衛本能ともいえそうだ。
しかし、ここで自分の知らなかったことがある、という方向に考えられたらどうだろう。
そこで一気に世界が広がるに違いないことは、誰しもが経験していることだ。
何事もよく観察し、思い込みは避ける。
まずは理解しようとし、理解できなければ事実を受け入れる。
これこそが学問であり、向上心であると思うわけなのだ。
そう考えると、何でも想定の範囲内で片付けようとした某ドアの元社長は、もはや会社経営に必要な向上力を失ってしまっていたとも思える。
と今日も熱く語ってみたりするのだが、DMの件は実のところ私の字がへたくそだったというオチかもしれない・・。
「日の丸」検索エンジンを、官主導となって3年プロジェクトで開発するらしい(asahi.com)。
そんなことやめれ。
記事にも「疑問の声」とあるように、「第5世代コンピューター開発」「シグマ計画」の二の舞になるのは確実。
より突っ込んで考えてみると、自前検索エンジン開発もそうだし、安全保障条約もそうだけど、日本って国は、自分のアイデンティティを考えようとしていないよね。
たとえば、憲法9条って結構気に入っている人は多いと思うのだ。
でもテロ対策のために武装してアメリカを助けなきゃいけないから改憲すると言う。
決して、日本の憲法の精神にのっとって武装しないでテロ対策をする方法を考えよう!とはならない。
こういうのはどうだろう。
日本は「もったいない」の国だけあって、省エネ研究は進んでいる。これをめちゃめちゃ推し進めて石油使用量をいまの2分の1にできたらどうだろう。
テロ支援国の大部分は石油依存国家だから、日本の石油投資が激減すればテロ支援に回る金なんてなくなるに違いない。さらに言えば、ショックを受けて技術による経済の必要性を感じて民主化に動くかもしれない(と最後はフラットの受け売り)。
おっと、検索エンジンから発展しすぎた(笑。
とにかく、優れたものが存在している検索エンジンをまねるより、自分たちの強みを生かせる今ないものを作ったほうがいい。
ゲームやアニメの産業は世界でも指折りなんだから、それらを支える「政府主導によるデジタルアニメ製作プラットフォームの開発」とか「国立ゲーム開発研究所の設立」とかそういうほうがいいじゃないか。
テレビやビデオの開発技術だって進んでいるんだから、「テレビ画質検査標準の策定」とか、「研究推進のための著作権フリー地上波デジタルチャネル」とか、そういうほうがいいじゃないか。
省エネ話に戻れば、「燃費100km/lの超高効率自動車の開発」とか「石油代替燃料の開発」とか「代替プラスチックの開発」とか、何でもある。税制とか組み合わせればどんどん進んじゃうんじゃない?エネルギー税導入してさ。
それに、素材系の研究はハマれば非常に強い。みんなこぞって使うから売れまくる。省エネ技術自体もうまくできたらその技術を中国に売ればいいし、CO2排出量売買で儲けたっていいじゃないか。
ハァハァ。
あーと、検索エンジンの話だっけ?
とにかく日本は自らのアイデンティティを考えるべきだ。
もうアメリカの真似なんかしなくていいのだから。
月刊DOS/Vユーザーが休刊だそうだ。
Windows95が発売された直後に創刊したそうで、PCの性能アップ、OS時代からネット時代への転換などの激動の10年を経て、「DOS/V誌としては使命を達成した」という言葉は頷ける。
もうドスブイとか言っても何のことかわからないですしねぇ。
お疲れ様でした。
そういえば、最近NTTコミュニケーションズのCMも気になる。
「ビジネスにおけるITの役割は、ひとまず終わろうとしています。」
これからもITは情報通信社会のインフラとして非常に重要な基盤としてますます浸透していくわけだから、言葉通り受け取るとちょっと違和感がある。
しかし真意は、ビジネスを牽引する力としてのITの役割は終わり、今後はITの上で何ができるか-つまり情報と通信を使ってどうビジネスをするかが問題なのだ、ということのようだ。
ICT(Information & Communication Technology)とかいうらしい。
第○世代コンピュータ、という言い方はめっきり聞かなくなったけど、コンピュータのあり方が変わりつつあるこの節目こそコンピュータに新しい定義を与える時期なのかもしれないなぁ、などと秋雨に濡れながら考えてみたり。
昨日はInnovativeなニュースがたくさんあった。
まずはIntelの80コアプロセッサ。
最近はあちこちでメニーコア、メニーコアと言っていたようだが、実際にこれだけのものを作っていたとは。
しかもメモリの構造がとてもInnovative。80コアすべてに独自のメモリをつけるという思想はCellと同じではあるが、なんと別のダイで作ってCPUダイとぺたっと貼り合わせるという。確かに80コアそれぞれにメモリをつけていては同じダイでは大きくなりすぎて実用的ではない。
この間はMacでの採用に関して苦言を呈したが、さすがIntelと唸ってしまった。
次はIBMのWebアプリ作成Webアプリ。(ニュース、IBMサイト)
実際触ってみたが、もうこれはGUIである。ブラウザの技術だけでここまでできるとは。Windowsシステムはその居所がますますなくなって来ているような気がする。
そして最もInnovativeなことは、SaaS(Software as a Service)という思想に基づいていること。
単なるWebアプリのことではなく、一見クライアントで動くアプリケーションのようであっても、その裏では世界中のWebサービスを集めて動作しているという未来型のソフトウェアのことだ。
BIOS、OS、ミドルウェア、フレームワークと今までローカルで行われ続けたサービスは、とうとうグローバルに旅立ち始めたようだ。
もう一件もIBM。特許に対して自主基準を策定したというもの。
まず技術的進歩の含まれないビジネス特許は今後出願せずかつこれまで取得した分も公開するという。
さらに、技術的特許に関しては、水準を高めるためにコミュニティによる特許審査をサポートし、専門的知識を有する社員がこのコミュニティのために働くことを認めるという内容。
背景には、特にアメリカで乱造される、首をかしげるような特許や単に競合を締め出すための技術的進歩のないビジネス特許に対する疑問があるのだろう。
特許を取り巻く状況を是正して将来に渡る健全なInnovationを守るためという姿が見て取れる。さすが大物。
IとIが、Iを示してくれた。
やはり誰かが明るい未来を提示することこそが、人々の向上心を刺激するのだと思う。
先日のニュース番組にて。
インドのバンガロールでレトルトカレーが売れているらしい。
女性も含めて経済活動の進展が著しく、忙しいビジネスマンが増えたため、食事を作る時間が無くなってきたからとのこと。
しかも値段はレストランで食べるカレー並で、高価。
それでも「金は増えたが時間が減った」と、購入するらしい。
インドがフラット化する世界で活躍する様子を感じたニュースであった。
でもこの本を読んでなかったらこれほど注目しなかっただろうな。
Apple MacBookで高熱やランダムシャットダウンといった不具合が寄せられているという。
これらはAppleがIntel時代を迎えて初めてのノートブックマシン。
最終的には製品にAppleが責任を持たなければならないのは当然なのだけど、PC使いとしてはWintelさんに同様の現象をさんざん体験させられているだけに、なんだかAppleもこちらの世界に入ってきた気がしてならない。
Intelの設計って大丈夫なの?
一方で、IBMはなかなか抜け目なくやっていたのかな、とも考えられる。
でも自社の利益だけしか見ずに、Appleに見放されるような製品計画では、あまり誠実とも言えないけどね。
先日訳あって、年始とともにはじめた銀行の定期預金を満期前に中途解約した。
中途解約のリスクは、「利子は中途解約した時点での普通預金の金利で計算する」ということなのだけれど、面白い事態を経験した。
今年はじめの時点ではゼロ金利状態だったので、定期預金といえどもたったの0.03%の超低金利。
この固定金利で、満期2年の契約だった。
金利は当てにしない、純粋な貯蓄くらいのつもりだった。
ところが今回中途解約したことで、ゼロ金利解除された現在の普通預金の金利で利子が計算された。
その金利、0.12%。
な、なんと定期で置いておくよりも4倍も高い利子を得たのだ!
たぶん、満期でもらっていたであろう利子よりも高い。
となると過去数年の超低金利時代の定期定額預金は解約してしまって、改めて入れなおしたほうがよい、ということも多数ありそうだ。
金利があがるとはこういうことか。
こうして、期せずしてゼロ金利解除なることの変化を実感したのであった。
※数値はあくまでも私が経験した場合のもので、一般的とは限らないのでご注意。
iTunesの映画参入が本当の目玉だったのかも知れないけど、私は新しいiPod shuffleに注目。
旧モデルのshuffleは、当初HDD搭載のiPod/iPod miniに対するシリコンメモリプレーヤとして、機能も簡素化されてその小ささと軽さを生かすデザインで登場した。
が、後にiPod nanoが発売されてからは、シリーズ唯一のシリコンメモリプレーヤというアイデンティティも失われ、大きさも機能も中途半端なモデルになってしまったのだった。
しかし、Appleの商品企画力は伊達じゃない。
今度のshuffleは、ぐぐっと小さくなり、さらにクリップという強烈なギミックを備えて登場。
shuffleに新しいアイデンティティを吹き込むことに成功している。
さすが。
値段も安いし、携帯音楽プレーヤにあまり興味のない私だが、購入意欲が湧いてきたぞ。
っていうか、持ってないのに偉そうに批評をしてごめんなさい(^^;
10月のMNP解禁を目の前に控え、電話会社が戦々恐々としている。
もちろん、munepiのことではない。
Mobile Number Portabilityのことである。
電話番号はそのままで、携帯電話のキャリアを変更することができる制度のことだ。
今時は会社によってはお得なプランを用意していたりテレビや音楽などで魅力的な機種を出していたりするので、財政状況の変化や趣向の変化に合わせて携帯電話を変えようかなんてことになるが、実現にはキャリアを変えざるを得ないことが起こりうる。
しかし、会社を変えると電話番号も変わるしメールアドレスも変わるから、数百人の知り合いに変更を伝えなければならず面倒である。
これが囲い込みの重要な戦略であったのは間違いない。
MNPが解禁されればこの状況が一変し、キャリアは顧客を固定しておくことができなくなるから大変。
あの手この手を打って、つなぎ止めや乗換えに必死になっているようだ。
ところで考えてみると、自宅のパソコンで使うネット接続は普通一度プロバイダを決めたら、そうそう変更しないように思われる。私なんて、niftyを10年以上も使っている.
「パソコン変えたからアドレス変わりました~~」なんて人はいない。
(と思っていたら、迷惑メールが多いから無料メールのアドレス変えました~、なんてのがあって、時代の変化を感じたことはある)
電話キャリアにしたってやはり月額収入を繋ぎ止めたいのだろうから、この違いは十分検討に値するのではないか。
たとえばFOMAカードのようなものがキャリアから貸し出されて、電話の機械はメーカーから直接買って、カードをさせば同じ電話番号とメールアドレスで使える、なんてことはできないのだろうか。
キャリアが違えば送受信の仕組みも違うから完全な互換はできないだろうけど、電話番号だとかメールアドレスだとかは仕組みと関係ないのでそんな感じで持ち運びできてもいいような気がする。
エスカレータでは急ぐ人のために右側を空けて並ぶ(関西では逆だが)という文化?が定着しているが、最近これが疑問に思えてきた。
きっかけは新聞の読者投稿欄にあった、60歳代の女性の「エスカレータで右側を空けなくてもいいじゃないか!混んでいれば2列で、空いていれば真ん中に立てばいいじゃないか」というコメント。
初めて読んだときは、何故わざわざそんなことを訴えるのかと意味がわからなかったのだが、脳裏に焼きついてそれからエスカレータを見るたびに考えてしまう。
そこで、理系らしく分析してみた。
20段のエスカレータがあり、30秒かけて上まで運ぶとする。各段には2人が立てる。
60秒あたりの輸送能力は80人ということになるわけだが、エスカレータは演算パイプラインのように動くから、レイテンシ(乗ってから降りるまでの時間=エスカレータをいっぱいにするまでにかかる時間)が30秒、スループット(いっぱいに乗ったときの輸送能力)は80人/60秒と、考えなければならない。
さて、400人が電車から降りてエスカレータに殺到したと考える。
80人/60秒だから、400人運ぶにはレイテンシ+輸送時間=330秒かかる計算。
最後に乗る人は乗り込むまでに300秒待たなければならない。
次に、右側を空けて乗ることを考える。
すなわち、エスカレータを2つに分けて使うことに相当するから、こう。
左エスカレータの輸送能力は40人/60秒。レイテンシは同じ30秒。
右エスカレータは人が歩いて上るので少々速くて1.5倍とすると、60人/60秒。レイテンシは20秒。
この能力で同じ400人の利用を計算しなおすと、100人/60秒になるから、240秒+レイテンシとなるが、左右のレイテンシが違うから、左の270秒と右の260秒の間の数字になるだろう。
待つ時間は最大で240秒。60秒は右を歩かせる意味くらいはある大きさだろうか。
問題はそれほど人数がいない田舎や混雑しない時間帯だ。
ここでも2つにわけて使うとすると輸送能力は上記に書いたとおりだが、実際は右エスカレータはほとんど使われないという状況が生ずる。
エスカレータをいっぱいにするより少しだけ少ない、30人の状況で考えよう。
2人/段で使用すれば、輸送時間23秒+レイテンシの53秒で済む。
右を空けないために急ぐ人が待たなければいけない時間は最大で23秒。全体の待ち時間は平均して12秒だ(輸送時間の半分)。
しかし、右をあけるために左エスカレータしか使わないとすると、輸送能力が半分になるから75秒もかかってしまう。
一方、急いでいる人はすぐに右段を使えるので待ち時間0秒にはなるが、全体の待ち時間を22秒に(そして最大では45秒に)引き上げてしまう。
こうして考えると、ほとんどいない「急ぐ人」が現れた場合の待ち時間を0にするために、全体が負担をしている構図が明らかになる。
しかし、急ぐ人が得る時間も、空ける人が譲る時間も10秒、20秒。
少しの時間に目くじら立てることもないと思うのではあるが、時間をゆっくりつかってみんなが幸せになる方法でエスカレータを使うほうが健全で建設的ではないかなぁとも思う。
もっとも、都会の朝のラッシュはすごいだろうから、こういうのはどうだろう。
朝と夕方はラッシュタイム。右側は歩いて上る、左側には止まって上る。
それ以外は通常タイム。両方に止まって上る。
だってさー、誰も歩いてないのに右をがら~~んと空けておくの、凄くアホっぽいんですよ。
宇宙船地球号を見ての話。
ヒートアイランドが深刻化して久しい東京で、新宿御苑が周りよりも昼間でも2度~4度、夜はクーラーが不要なほど涼しい環境を作り出していることを知った。
空からの温度測定写真でも、町中が真っ赤な中で、御苑は緑色や青色。
これをもっと広げれば東京の温度が下がって、エアコン代が削減できて、温暖化の減速にも貢献できていいと思うが、公園を増やすなんて土地不足の東京ではありえない。
だから、海から隅田川を上る風が遮られずに公園や皇居に入るようなビル配置をして東京を冷やす壮大な計画や、校庭の芝生化、デパートなどの屋上緑化、一般家庭でもベランダを植物のカーテンで覆うような試みを紹介していた。
これらの素晴らしいアイディアをより効果的に強力に広げるために、もう一歩。
都や国が温度税を導入したらどうだろう。
たとえば、ビルの屋上での温度を測定して、たとえば平均気温に対する温度差で課税する。+2度だったら2万円/㎡課税するとか。
あるいはクーラーの使用に対する税金でもいいかもしれない。28度を超えたら課税とか。
ビルのオーナーは、税金を逃れるために緑化やクーラー温度の制限をしたり、あるいは打ち水その他の方策を考案するのだ。
ヒートアイランドは明らかに人為的にできた公害である。
これをクーラーのように人間にとっての問題だけを直接つぶす(部屋の温度を下げる)ような対処をしてきたが、それは環境へ少なからぬ負荷をかけている。
一方で、その問題がおこらないように原因をつぶす方法があるのに、それは面倒とか効果がわかりにくいとかコストがかかるなどで目をつぶってきた。
しかし前者の方法では吐き出す負荷を環境で吸収しきれなくなり、人間と環境両者を考慮した方法が必要になってきた。
つまり、いまや西洋医学的な方法ではなく、漢方のような東洋医学的に環境自身の体力をつける方法をとる時期に来たということだ。
追いつけ追い越せの時代では金銭的生活水準を向上させるため環境を犠牲にして技術や経済を伸ばしてきたが、生活水準が上がり成長が鈍ってきた成熟社会においては生活の向上とは金でなく環境のことである。
こういった環境共存型技術&経済は、先進国と途上国の差別化要因になるとも思う。
狭い国でいろいろな公害を経験した日本は、この分野でこそ世界のリーダーになっていけたらな、と思う。
冥王星の降格の話題が盛り上がっている。
冥王星は唯一アメリカ人が発見した惑星だそうで感情論も考慮しろとか、冥王星は占いにも深く組み込まれているので降格はやめて欲しいとか、なんとも情けない論議も巻き起こっている模様。
冥王星がなくなるわけじゃないんだし、占いはそのままでいいじゃん。
この話題の一番素晴らしいところは、まずIAUが極めて科学的に議論していること。
そして、科学は更新されるものであるということを、世間一般に広く認知させられたこと。
宇宙ネタ、それも惑星という誰しも一度は興味を持つ内容だったからこそ、重要な影響力がある。
理系離れが問題になって久しいけれど、自分が基礎教育を終えて思うのは、やっぱり答えが用意されている勉強だけでは、学力は伸びようがないということだ。
覚えれば良いだけで、考える必要がないんだもん。
この冥王星論議をきっかけに、科学は決まったものではなくて新たな発見や意見が世界に影響することがあるということを、学生諸君に感じていただきたいな、と思うことしきり。
ようやくフラット化する世界、上巻読了。
Web2.0という言葉がネット業界から見た経済の変革を指しているとすれば、フラット化した世界というのはもっとリアルな視点から同じものを見たものといえるかもしれない。
とにかく読んでみて損はない。
というか、これからビジネスをやろうとする人はこれを読んで準備しておかないと、フラット化した世界になすすべないんじゃないの?と思わせる。
さて、上巻では、アメリカのインドへのアウトソーシングを中心に論点を展開しているのだけれど、誰にもわかりやすい且つ対処すべき点は次のようなことかな、と思う。
世界がフラットになって、どこでも誰でもやれる人が仕事をやればいいという状態になってくると、国が違うから賃金が違うなんてことはなくなり、単純に仕事の内容で賃金が決まるようになる、ということだ。
例えば、今はアメリカの仕事の単純な部分をインドにアウトソーシングしているから「インド=低賃金」と見える。
しかし、それはフラット化した世界においては、アメリカに住んでいてもインドにアウトソーシングしているような単純な仕事しかできなければインド並みの賃金しか得られないということを意味しているわけだ。
中国が本格参戦してくればますます事態は厳しくなる。
アメリカや日本に生まれたから裕福であるとう時代は終わりを迎え、それぞれの能力で持てる富が決まる。
経済と生活水準が世界全体で連動するようになるのだ。
なんとも恐ろしい。
自分ならではのものを作っていかないと、コモディティだけでは現在の中国並みの低賃金で暮らすしかない世界が待っているのかもしれない。
しかし、先進国に生まれたメリットはあるはず。
少なくとも日本は最低限の教育水準は高い。
教育を受ける側が全然危機感がないので伸びていないけれど、学ぼうと思えば後からくるインド、中国をしばらく引き離しておけるアドバンテージは十分作れるはず。
世の中のNEET諸君。
何が不満でそんなNEETしてるのか知りませんが、そんなことをしていたら夢なんて語れませんぞ。
本を読むことで、知っていると思っていたことにまだまだ知らないことがたくさんあることを気づかされることがある。
ダニエル・ヒリスの「思考する機械コンピュータ」も、そんな本。
特に面白かったのは、コンピュータというのは概念のことであって、シリコンでできたアレのことではないということ。
だから、バイオでも、量子でも、棒と紙であっても、論理回路を実現できればいいのである。
なるほど。
全体的にもこのようにモノではなく概念を再認識させるような内容で、論理回路やブール台数の知識が必要。
内容にこれらも含まれてはいるのだけれどそれだけでは理解は厳しく、扉にかいてあるように「入門書」というにはちょっと難しいと思う。
著者の専門である大規模クラスタについて議論する後半はちょっと駆け足で内容が薄くなるので、コンピュータの集合をどう考えて1台のコンピュータとすればよいのかなど概念とリアルの結びつきについてもっと読みたくなった。
史上まれなる決勝再試合の末に、とうとう今年も甲子園の夏が終わった。
我等が北海道代表である駒大苫小牧は残念ながら敗れたが、エース田中はここぞの踏ん張りで最後まで魅せたし、打撃陣も観客に諦めるのを許さない本塁打で流れを再び引き寄せる。
3点差で迎えた9回表の最後の攻撃。
ここでも粘って2点を返したあたりが実に駒苫らしい。
早実斉藤は文句なしに名投手。最後まで速球が衰えないどころか日曜の延長15回で見せた147kmにはおどろかなった人はいないだろう。
私も彼らの凄さを肌で感じようと初めて甲子園球場へ行くことができ、73年ぶりの決勝再試合となる延長15回に立ち会えたことはとてもいい思い出になった。
とにかく素晴らしい決勝、そして試合の数々だったと思う。
あまりにも感動を呼ぶ彼らのがんばりを見ると、ちょっと羨ましい気持ちになる。
そして、悔しい気持ちになるのだ。
オレはあれほど頑張れているんだろうか・・・。
あれほど誰かを震わせることができるのだろうか・・・。
Web2.0、Ajax、デザインパターン、、
IT業界で話題のキーワード達であるが、これらには共通点がある。
それは、いずれも既存の技術の集合体につけられた名前であるということだ。
つまり、思慮深いIT技術者達はすでにそれら技術の存在に当然気づいていたものばかりなのである。
古いモノでは10年以上も前から知られている技術が含まれているし、またキーワード自身既存の技術である故明確な定義を教えろと言われればちょっと難しくもある。
だからといってこれらの言葉には本質がないというのは早計だ。
むしろ本質に気づいた故に名前がつけられたと見るべきなのである。
ニュートンとライプニッツが同時期に微積分法を発明したのは偶然ではなく、それまで知られていた様々な技術の蓄積がその本質を見せるまでに膨らんだのがその時であったからだ。
となれば、世の中の多くのプログラマ達が深い思慮の末に到達した共通のパターンや技術の組み合わせがあるならば、それはそこに本質があるからに違いない。
URLをドメイン+パスと考えず、マシン名+メソッド名と考えればRPCとして使えることも、考えれば当たり前なのであるけれども、そういうことに気づいて「URI」「ウェブアプリ」と名前を与えた時に新たな存在に飛躍するのである。
そういうわけで何事を見るときも、それはできるよね当然だよねと達観したふりをせず、それが新しい本質を秘めていないか謙虚に探るべきだと思うのである。。
だって、私もなんかの名付け親になりたいじゃん。。
駒大苫小牧勝利万歳!!万歳!!万歳!!!
まだ優勝したわけではないけど、そのくらい興奮!
4回表の時点での1-7からひっくり返して9回裏でとうとう逆転さよなら勝利。
まさに劇的。
緒戦での苦戦により不調が疑われるエース田中を温存した控え投手でのスタートは、結果的には監督本人も認める完全な采配ミスだった。
はじめから打ち込まれて早々にノックダウンした田中の前の2人の投手も調子は悪くなかったと思うが、いきなり甲子園での公式戦初登板に耐える精神力がなかったか。
田中に代わってからは、いきなり本人も打ってチームを盛り上げる。
自信を取り戻した打線もつながり始めて、複数のホームランを含む連続ヒットで追撃。
8-8で迎えた9回表では1点を追加された駒苫であるが、しかしそれ以上は許さないのが田中の粘り。その裏チームメイトのさよなら二塁打での逆転勝利を決めた。
敗れた青森山田の野田投手もよく頑張っていた。
しかし、序盤の大量リードで自信を持っての投球も、1点・・2点・・じわりじわりと食い下が
る駒苫に疲れが見えたか、終盤はコースも外に甘く入り始めた。さよならとなった一球を打たれたあとの、堰が切れたように涙が溢れたシーン
は、今日の名勝負を象徴するものであったと思う。
振り返ると、結局は緒戦でも苦しみながら粘りきった田中の精神力が、今日もチームを支えた格好。精神的支柱としての田中の存在がますます明らかになった試合だったと思う。
やはり高校野球というのは、精神力のぶつかりあいなんだなと思う次第。
駒苫香田監督も、球児たちの野球にかける情熱や秘められたエネルギーには、今日の失策について猛省しなければならないことだろう。
さて、甲子園では強豪とは言えなかった北海道勢も、かつての旭川実業のミラクルあたりから上位常連となり、今では史上初の3連覇を期待されるまでになった。
同じ北海道で育ったものとして、興奮を抑えずにはいられない・・・。
こりゃ、甲子園出張だな!
ボクシングの亀田3兄弟はあんまり好きではないので、負け試合だと思うけどその勝敗についてはどうでもいい。
問題は、@niftyのブログ(ココログ)のベーシックプランでとうとうアクセス解析が使えるようになったことだ。
ココログのアクセス解析は無料会員用のフリーで使えて、有料会員のベーシックで使えなかったという理不尽な状況だったのだが、とうとう改善された。
そこで早速わがブログのアクセス解析を見てみた。
・・・
アクセス数は惨憺たるモノだったのだが、面白いデータがあった。
サーチエンジンにどんなキーワードで検索した後にこのページにやってきたか、というものだ。SEO対策用ですね。
これによると、munepi.logでもっとも人気のある記事は「もろこっし♪」。
ムヒもろこしヘッドのCMで踊っている女の子について触れた記事である。
そして、検索キーワードはそのものズバリ「もろこっし」。
やはり昨今はサーチエンジンに拾われてなんぼというか、サーチエンジンによってサイトの存在は証明されていることを改めて感じたのである。
そういうわけで、「亀田」にしてみました(^^;
「コンピュータ、ソフトなければただの箱」
というのは広辞苑にも載っている(かもしれない)有名なことわざであるが、この裏にはもちろん、
「ソフトウェア、コンピュータなければただの文字」
という事実が隠されていることを見逃してはならない。
ところが、最近はソフトウェアのハードウェアからの自立が進んでいるように見える。
つまりハードウェア層を抽象化してAPIを定め、アプリケーションレベルではこのAPIへアクセスできればよいということである。
そもそもOSはそういう性格をもっているわけだけれど、ネットワーク時代のそれはまったく抽象度が違う。
例えば、Internet。
Webサーファーは、サーバがどんなハードウェアで動いているかなんて思いもしないし、サイト管理者でさえホスティングされているサーバのCPUが何かなんて知らないんじゃないだろうか(私は知らない)。
企業や基幹業務系で使われる大規模サーバでは信頼性・可用性を強化されたハードウェアが使われメーカーごとに設計思想が異なるけれども、やはりネットワーク越しでSQLによってアクセスされるわけだから、大事なのはOracleなのかDB2なのかということであって、ハードウェアが何かではない。
パソコンもそうだ。
「○ギガ」という言葉は使うけれど「○ギガヘルツ」なのか「○ギガバイト」なのか区別もつかないほとんどのユーザは、IntelやAMDという名前さえ知るまい。もはやブラウザが動けば良いだけで、WindowsなのかMacなのかさえ問題ではない。
もっと中級者になってグラフィックカード云々を言うようになってくれば、ATIはUnified ShaderだがnVidiaはまだPixel/Vertexがハードウェア固定だとか言うかも知れないが、結局の所OpenGLやDirectXを使うのであってそのインプリは関係がない。3DMarkだけが大事なのである。
今後もこのソフトウェアの自立は進んでいくだろう。
Webサービスを使ったサイト間の相互協力が今より栄えるだろうし、Javaが夢見たネットベースクライアントアプリケーションも実現されるかも知れない。いまやネット上で動くOSまで存在する。
しかしハードウェアが土台を支えるのは事実。
今後もハードウェアの進化は果てしなく続く。
ソフトウェアの深淵を追うかハードウェアの神秘を究めるか。
広い知識はもとより、自分のポジションを意識することが業界で強くあるために必要なのかな、と思うのであった。
朝日新聞。
「ウェブが変える」と題して、Wikipedia、mixi、ウィニーなどを取り上げた昨今のネットベースの情報交換の変化を論じる短期連載をしていた。
「ウェブ進化論」の梅田望夫氏ら2名のコメントも1ページまるまるを使って特集されていた。
Web2.0という言葉はとてもわかりやすくて、一般的にも何かが起こっている感じが伝わる。
と同時に、自分も変化しなくてはという危機感をあおるのだ。
私は持論として、デキルレベル2段階論を展開している。
Lv1 : 物事を知らない所から知るようになるレベル。やればやるほどできることがどんどん増える。楽しさがモチベーションである。
Lv2 : 物事について一人前にできるようなったレベル。しかし、伸び率は落ち、伸びるためには深いところを追わなければならない。向上心がモチベーション。
Webばかり2.0になったって、使う人間が追いついていないのでは困る。
特に私は業界人なわけで、なんとしてもオレ自身もLv2に持ち上げなければならないのである。
P.S.
なお、デキルレベル2段階論は最近、デキルレベル3段階論に修正された。
Lv3 : 物事を何かから知るよりも新たに作り出すことができるようになったレベル。この先は天井知らず。どこまでも真理を究めていく。
イチローはLv3だろうなぁ。
だいたい、イマドキのワカモノは、Lv2のおもしろさを知らない内にLv1でもはやあきらめてしまうんだよ・・・ブツブツ。
ところで、このデキルレベル3段階論は、守破離という世阿弥の教えにも通じることを最近気づいた。
やっと600年前に追いついた・・・:-)。
こんなサイトがある。
IBMの主要部門である「エンジニアリング&テクノロジー・サービス事業部(E&TS)」の代表者達がテクノロジーや業界をトピックとして解説・議論するサイトである。
IT業界は10年ほど前から、ハードやソフトをパッケージして売ることからそれらをインテグレートして提供する「サービス」の販売に事業の重点を移してきた。
こう聞いてまず想像するのは、いろいろなミドルウェアの組み合わせとそれらを繋ぐためのカスタムソフトウェアをつくることや、サーバーやPCの部品構成をカスタマイズするようなことであろう。
しかしE&TSは少し変わっている。
ソフトウェアではなくて、ハードウェアの開発を行うのだ。
つまり、E&TSは顧客が望むカスタム構成のハードウェアをIBMのテクノロジーにより開発するサービスを販売するのである。
わかりやすく言えば、ハード開発のアウトソーシングということになる。
ソフトがあるのだからハードも当然考え得るわけだが、これに気づいたのはなかなかのものである。
業界もこの動きに追従しはじめたようだが、やっぱり世間的には知名度というか感覚的な浸透度が弱い。
そこで、E&TSはかのブログを立ち上げることでインターネット世代の口コミ評判を高め、事業の内容や技術力のアピールをしようと考えたわけである。
この意図は確かにわかる。
最初から口コミをビジネスモデルに組み入れた事業を展開している企業もあるくらいだ。
(WBSでの紹介記事)
しかし、このE&TSのブログ。
正直に言うと、読んでみてあまり面白くない。
まず、テーマである「Collaborative Innovation」に対して一貫していない。
IBMを代表する技術の話や、業界動向に対する最先端の見解など、それぞれは興味深いのだけれど、各記事に共通する一貫性がないから読みにくい。
つまり、「○○に関する新しい情報が手にはいるかも知れないからあのブログを見に行こう」という動機にはなりにくい。
それは、リピーターができないと言うことを意味している。
また、「'Collaborative Innovation'関連のトピック、情報をベースにしたコミュニティが参加するblog」とあるが、これもおかしい。
コミュニティとはある目標のもとに集まった人たちのことだが、このブログはコミュニティが先にあって始まったものではないのだから、参加する人がいない。
一番気になるのは、読者の期待を見誤っていることだ。
まず、E&TSに用のある人物は少なくとも開発するハードウェアのリテラシーがわかる人に違いない。基本的な事項は知っているものと考えて差し支えないだろう。
そういう前提の上で最先端の技術者がInnovationを語ってこそ、読者が感動を覚えE&TSに信頼と期待を寄せるのではないだろうか。
ブログという目の付け所はまぁ時代の流れでもあるからよいとしても、ブログありきではないことは当たり前だ。
読者そして顧客はやはり、内容で寄ってくるのである。
ぜひこれらの点をしっかり考え直して、面白いブログを目指してもらいたい。
# 私の生活もかかっているのだから(^^;
あの不思議なアニメーションのCMと「レッドブル翼をさずける」という言葉が印象的な、レッドブル。
スリム缶の絵が出てくるので、缶コーヒーか何かかと思っていたのだけど、自販機には売ってないしコンビニでも見たことがない。
と思ってグーグル先生に聞いてみた。
http://www.google.co.jp/search?q=Red+Bull&start=0&hl=ja&lr=lang_ja&ie=utf-8&oe=utf-8&client=firefox&rls=org.mozilla:ja:official
欧米No.1ブランドの栄養ドリンクだったんですね。
コンビにでもそのエリアはノーマークだったから気づかなかったのだろう。
早速チャレンジしてみようと思う。
しかし、Wikipediaはホントに凄いなぁ・・・。
昨日、近くの公民館に人形浄瑠璃を見に行った。
会場に入ると、最年少タイトルは隣の座席の小学生コンビに譲ったものの、予想通りの年齢層。
しかし、どうにも雰囲気がおかしい。
と思ってプログラムを見てみたら、
「第一部 扇舞」
「第二部 ザ・能勢人形浄瑠璃」
とある。。
むむ、これはもしかして・・・。
第一部が始まると扇の舞(日本舞踊なのかな?)が始まった。
綺麗な着物を召した母親よりももっと年上の世代の方5名が、扇子を手にひらひらと踊る。
演歌に乗って踊るみなさんは、5名の動きがピタリとあっている・・・わけではなく、踊りもそれぞれにソロが用意されていて皆が主役になるように構成されていた。
私は理解した。
つまり、浄瑠璃を客寄せとして、ご近所の習い事の発表会がセッティングされていたのだ!!
お客さんも出演者のお友達や家族などだったのだと考えれば、この会場の雰囲気にも納得がいく。
合計5組。
年齢もバラバラ、踊りにかける意気込みもバラバラであろう踊りはピタリとあうこともなく、よくできました的な雰囲気を醸し出して続いていったのだった。
うーん、なんというか、関係者がいない学芸会を見るのは初めてだけど・・・他人の学芸会ほどおもし●くないものはないねぇ・・。
ただ一組、明らかに若い美しい女性が混じっている組があった。
踊りの中なので無表情ではあったが、年齢は30代後半くらいだと思うのだけど、踊りのために白塗りをして濃い口紅を塗った平均60歳代の中にあっては、もはやダイヤモンドの輝きだ!!
動きもしなやかで、ところどころに加えられる手足のポーズ・・・手を頬の横に添えたり、つま先で床をチョンとつついてみたり・・・も非常に美しい。
彼女の登場で明らかに会場の雰囲気が変わるのが感じられた。
つまり、学芸会から、舞踊公演のそれにである。
などとまぁ、様々な思いを馳せながら、扇の舞を見てきたわけだが、最後にボス(師匠)の登場。
師匠だけあって堂々としているが、年齢ももちろんアレだし、曲もやたらと古い。
動きのしなやかさも完全に使い果たしてしまった感じがあって、、若さって大事だなぁと感じたのであった(^^;
さて、肝心の浄瑠璃。
第一部でおなかいっぱいになってしまった私は、ほとんど居眠りしてしまったのであった。。ほほほ。
面白いサイト発見!!
今話題になっているナノ領域の知識が非常に詳しくわかりやすく(時には難しいが)解説されている。
有機EL、電子ペーパー、量子コンピュータ、カーボンナノチューブ、、などなど。
なんでこんな解説サイトがあるのかはちょっと謎だが、興味がある人はぜひ。
なお、トップページは見られなかったので、直接各内容のページに飛ぶとよい。
先日、今の大学生と話をする機会があった。
用事があって自分の出身大学へ行ったのだが、そのついでに、学生を集めて今の悩みとかを聞きつつ、もっと社会で活躍しようと檄を飛ばす会を設けてみたのだった。
何故こんなことをしたかというと、ある日友人と話をしていたときに、我等が母校が社会の一線で目立たないことに気づかされたことがあって、我等が母校の将来を担う今の大学生はどのくらいチャレンジに燃えているのだろうかと確認したくなったからだ。
# 自分はもちろんチャレンジに燃えている前提(^^;
さてさて、近頃の学生は反応がないと先生も嘆いていたが、話してみるとそのとおり。
いろいろ悩みとかあるかと思えば、ほとんど話してくれない。
こちらから話題を振ってみて答えてくれる程度だ。
何か質問は、将来やりたいことはないのかと聞いてみて、一番気になった答えはコレ。
「何がわからないかわからない」
自分が学生だったころからよく聞く言葉でもあるけれど、あまりにも残念な答えだ。
仙人か神様でもない限りわからないことがないなんて状況はありえないわけで、何かがわからないということは万人が抱える悩みであろう。
わからないことがあるということは、何でも取り掛かってみれば発見があることになる。
となれば、何がわからないかわからないというのは、何もしていないことの言い訳に過ぎないと思うのだ。この答えを恥ずかしいと思わず言ってしまうあたりにショックを覚える。
そして、何でも取り掛かってみようと思うのは好奇心の表れなわけで、取り掛かることができないのはすなわち好奇心を失っているのではないか。
しかし、どうしてそうなったのかを考えると、彼自身だけの問題と決め付けるのも気の毒なのかもしれない。
つまり、それはやっぱり教育のせいなのだろうということになる。
道筋と答えが用意された幾多のシナリオをこなすだけの6+3+3+N年間を過ごしてきた大学生にとっては、もはや自分の好奇心を発揮するという発想が失せてしまっていても仕方ない。
社会に出て自分の道を歩み始めたときに伸びていくかは、好奇心をもっていろいろと勉強なり挑戦なりし続けられるかどうかが鍵であると思う。
それこそが社会で求められる人材になることでもあると思うし、人生が楽しくなるための基本でもある。
レールを用意してもらうような旧態依然の就職をしても、よくて定年と同時にボケてしまうか、悪い場合は定年を迎えることなく途中でリストラだ。
では、もはや好奇心を持たない学生にチャンスがないかと言えばそうではないはず。
人間は「気づき」と同時に変化し始めることができる。
彼らにはぜひ気づき、変化し、そして好奇心をもっていろいろトライして欲しいと思うのである。
日本代表がゴールを決める技術と戦略のないことは結局監督の指導によって直すほかないが、ゴールを引き寄せられない選手の心理に関して別の考察をしてみる。
日本は「出る杭は打たれる」からと、人と違うことはなるべく避けて「当たり障りのない」ようにしようという文化を持っている。
私自身はその傾向が強いほうだと思うし、選手だって日本人なんだからそういう習慣があってもおかしくない。
ゴールの瞬間を引き寄せるには戦術から一歩はみ出た「マニュアルにない」動きが必要だと思う。
様々な戦術を練習していて試合で実行することはできているかもしれないが、そういう「出る杭」な後で「当たり障りがある」かも知れないプレーをする日本代表選手は、はっきり言ってほとんどいない。
例えば中田英寿はそれができる一人だと思う。
彼のプレーは結構挑発的だが、それはマニュアルから外れてもゴールを狙う気迫と勇気を求める周りへのメッセージであり、素晴らしいと感心する。
問題は、前線でボールを扱う選手はその挑発に乗らないヨイコちゃんばかりだ。
日本代表になる選手なんだからそんな遠慮勝ちなはずはないと思うのだが、世界を相手にして現在のランキングなどの評価で遠慮がちになっていたりするようでは困る。
子供が大人にむきになって張り合うように、日本も相手が誰だろうと全力でつぶしに行って欲しい。
次のブラジル戦はそういう心理が最も試されると思う。
P.S.
小野のファンタジーは日本代表随一だと思うので、もっと使って欲しいな。
今日も勝てず・・・。
いつも思うのが、日本はシュートが少ないこと。かつシュートしても枠に飛ばないこと。
ブラジルなり、イタリアなり、イングランドなりを見ると、チャンスを作る技術もさることながら、ゴールを狙える隙を見るやどんなところからでもどんな格好でも撃つ!!
日本はゴールが空いているのにパスしてしまう某選手とか、ペナルティエリア内でもパスしたがる某選手とか、そういうプレイばかりに見える。
ミドルシュートだって打っていいのに。
日本は基本的技術はもちろん、守備や攻撃の戦術などについてはかなりの力を持っていると思う。
となると、後は足りないのはファンタジーじゃないんだろうか。
長い間海外で活躍してきた選手はやはりファンタジーを備えている。
想像だにしない、が成功すれば素晴らしいチャンスを生むであろうパスやポジションどりは、日本の数少ないチャンスメイクに貢献している。
しかし、ファンタジーを持ったシュートを打てる選手がいないために点数にならない。
もしくは、アシストのファンタジーについて来れるFWがいない。
ファンタジーの練習をしたらどうでしょう・・・。
そうだな。
まずは、バレーボールのワンマンレシーブ練習のようにして、全部枠にシュートする練習から・・・。
東京出張だった。
日常は田舎暮らしなのでまったく人の往来にまみれることもないのだけど、やっぱり東京はさすが。午後4時頃の品川駅はそれほど混雑する時間ではなかったのかもしれないけど、広い通路はもう床がちらほら見える程度だった。
しかし久しぶりに来た東京が、私には大人数が住む東京が平均化された都市に見えてしまったんだな。
先日読んだ「ハッカーと画家」にこんなことが書いてあった。
大企業は優れた人もいるけれど劣った人もいる。しかし全体で仕事を成し遂げているから、大規模なことができる一方、あまり革新的な仕事にはなりにくいし報酬も平均化されている。言ってしまえば優れた人の稼いだ分で劣った人は食っている・・・。
東京はとにかく規模は大きい。
もちろん、すごいベンチャーなどもあるけれど、全体としてみれば人がとにかく多いことが東京を東京たらしめているだけで、東京にいけば何かがあるわけではないんじゃないかな、などという考えもできる。
田舎の方が意見は伝わりやすいし新しいことをやるにも身も軽い。
企業だって、少数精鋭をそろえて革新的なことをできるほうが、少なくとも業界への技術的貢献や自分への報酬アップにはつながるのかもしれない。
だから東京になんている必要はないんだ!!
というのは都会に縁のない自分への慰めかな(^^;)・・・。
読んでみました、本屋で山積みの注目本。
ロングテールなどWeb2.0時代のキーワードを知ることができた。
特に、リアルでは大多数を相手にすると経費がかさむから現実的でないが、ネット時代では人数増加に対するコストがほとんどゼロだからそれが可能。その大多数から非常に非常に薄く稼いでも、全体では大きな利益になる。日本人全員から1円ずつもらったら1億円でしょ?というあたりはわかりやすい。
文章は理系著者と思えないほど派手。ジャーナリストのようだ。
第6章の、ゲイツは旧世代の人間だ、という思えば冷静な分析には、ちょっと目からウロコが落ちた。
私と同様、Web2.0という言葉についていけなくて危機感を感じているあなたにオススメです。
書籍購入費の引き締めのため、町の図書館に通いはじめたのだが、これがなかなか侮れない。
読みたい本は情報とか統計とか数学とかの教科書(といっても入門的なやつ)なんだけど、なんとなく図書館というと、「文学作品中心、理系の書籍は少なく、特に情報系は絶望的」というイメージがあった。
しかしいざ行ってみるとぜんぜん違う。
理系の学術書も、物理、建築、電気などカテゴリごとに1~2棚が用意されているし、情報系は学問的なものとは別に、パソコン関係のコーナーが4~5棚設けられている。
しかも「Excelの使い方」なんてのだけじゃなくて、プログラムの本とかLinuxがどうとか、果てはCygwinの入門本とかXMLを使ったWebプログラミングとかそんなのまで豊富にある。
ところで、毎回4冊ほど借りて帰るのだけど、教科書の他に経済関連の本を1冊織り交ぜることにしている。
昨今の株・金融ブームに乗ってか、その手の本も非常にたくさんあって、ドラッカー死去のときなんかは氏の著作の特設コーナーができていたりもした。
今はまっているのは、通勤大学MBAというシリーズ。
小さなテーマごとに分冊された、1冊150ページくらいの薄い本。見開き2ページごとに絵が入っていて、説明もその単位で細かく分かれているので、電車の中でも読みやすい。
内容も実践的。
今回はゲーム理論についての回を読んだんだけど、経済的戦略決定にどのように使われているのか具体的な解説がたくさん書いてあって、いっつも囚人のジレンマばっかり見せられてだからどうしたと思っていた私は、ようやくゲーム理論の本当のところが垣間見ることができた。(ただし、数字の間違いもすごく多い)
入門書としてはとても読みやすいので、非常にお勧め。
私もこれからシリーズ制覇に向けて読み進めて行こうと思う。
ライブドアショック。
実体の無い株のコントロールだけの数字ゲームで儲けようというのはそもそも気に入らないのだけど、大打撃を受けた人はかなりの数に上るらしい。
過去には戻れないので、投資家の皆さんもそしてライブドア・堀江さんも、ここからどうするかが大事である。
最近社会を揺るがす大事件が続けざまに起こった。
今回のライブドアショック、少し前になるが同じくライブドアによるフジテレビ買収騒ぎ、そして建築強度偽装問題。
ライブドア関連の2つの事件は、株関連法案の整備を促し証券各社のシステム環境の不備を指摘するにいたった。
また、「アネハ」あるいは「オジマ」でお馴染の耐震建築強度偽装問題でも、監督の民営化に伴う各種の問題点を改めて指摘する結果となり、今後改善が進んでいくだろう。
また、一番大事なことは、一般ピープルが事件を通していろいろ学んでいったことだ。
TOBやM&Aはぎりぎり知っていたけど、ホワイトナイトやらレバレッジドバイアウト?なんて初めて聞いたし、株を分割することがあるというのも知らなかった。
耐震強度の方も、そもそも強度基準がどういうものかも知らなかったし、多層になった複雑な監督関係のゴタゴタをドラマのごとく見ている方も多いだろう。
失敗は起こる。
しかし、それが生み出す改善の動きは、非常に強い。
その後で将来がよりうまく回っていくとすれば、失敗も必要悪なんだろうと思ってしまう。
後からはどうとでも言えるので、「あいつが悪かった」などと言うのは好きじゃないのだけど、それも失敗を深く反省する一つのプロセスなんだと我慢してもいいと思った今日この頃であった。
まずはこれを見てもらいたい。
この中に9つのプラグ口があって、真ん中には通電と電力量を示すLEDが搭載されている。
どこにでもあるのに個性の全く無いコンセントに対し、これほどの個性と美をもたらしたデザインに私は大変感心していた。
もし市販されれば今すぐ欲しいし、当たり前と思ってきたいろいろなものに新しいデザインがもたらされて文化が活性化する時代がくればいいと思うようになった。
一方で、昨日発売になったMicrosoftのXbox360には全く関心が無かった。
広告を見るにウリは高解像度の美しい画面のようだが、いまさらグラフィックスはゲームを新しい世代に引き上げるものではあるまい。しかもハイデフとかいう耳慣れない言葉を使っているところもがっかりしている。
# ハイデフ=Hi Definition、高解像度の意。ドットが細かくて綺麗な画面を表示できること。ただし対応するTVも必要。
次世代のゲームコンソールとしては、決してゲーム機だといわず様々なマルチメディアの基地となろうとしているSCEIのPS3や、いつも新しいゲーム業界に新しいコンセプトをもたらす任天堂のRevolutionに期待している。
ところが、この記事を読んで一気にXbox360への関心が起きた。
な、なんと、Xbox360のデザイン担当は、例のコンセントのデザイナーだったのだ。
写真で見てはいた。
初代のダサくてデカいいかにもアメリカンな箱に比べて、白いお肌と非常にすっきりしたルックスは確かにセンスの進化を感じさせる。
未だに内容にはあまり興味が無いのだが、道具には外側の使いやすさというのもとても大事だ。
氏のデザインによって、従来のゲームコンソールとは一線を画した何かがもたらされているのだとしたら、ぜひ触ってみたい。
でもなぁ、4万円?
とりあえずは店頭で試すだけにしておこう。。
先日の心のライバルとの語らいを復習していて思ったこと。
彼と私の違い、それは自分を磨いていることを隠すか見せるか。
磨きたい部分が見つかったとして、それを人知れない努力で磨いておくのが彼。
それを磨く努力をこれ見よがしにアピールするのが私。
今日のオセロの深夜番組(きになるぅーってやつ)でも、これ見よがしアピールが勘違い男の例として出されていた。
多くを語らないアピールの積み重ねこそが人の心に響くそうだ。
そこまで考えた時に、これは2段階説なんじゃないかと思った。
Lv1:努力をアピールしたい段階。人と競争したり、人に見せたいレベル。人はその努力を褒めはするがそれが魅力とは映らない。
Lv2:努力が自分との闘いになってくるレベル。特にアピールはしないが、しかし人はその努力に気づいたときに大きな感銘を受ける。
男Lv2を目指してもがいてみたいと思う。
でも、こういうことをブログに書きたいうちはLv1だね。
今日は心のライバルとサシ飲みした。
いろいろ語り合った。
自宅に帰って明かりのない暗い部屋に立ったら、新幹線が走りすぎるのが見えた。
2年半前にここへやって来たときの気持ちを少し思い出した。
また心機一転がんばろう。
同じ学校や職場にいる人をいつの間にか好きになってしまった、そんなことはありませんか?
私はある。
しょっちゅうある。
そしてどうやったら相手の心を捉えられるだろうか、なんて思いながら図書館をぶらついていたら見つけたのがこの本。
「LoveとLikeを見分ける方法」(白石崇著、数研出版)
タイトルだけで、一気に私の心は捉えられてしまったw
内容は私たちが日ごろ思い悩むような様々なことを、学者たちが行った心理学的実験のデータを紹介して解釈していくもの。
著者のWebサイトの連載コラムをまとめたものであり、1テーマが4ページでまとまっていて読みやすい。
また、文章も親しみやすい上、最後にテーマに沿ったオチを必ず用意してくれていることが楽しく読ませる。
さてさて、しばし読み進めると、あったあった。
「やっぱり最後は社内恋愛」
Zajoncという学者が、12人の人物の写真を見せる実験をしたそうだ。
各人は繰り返し登場するが、その回数は人によって違う。
そして、被験者に「12人どの人がもっとも好印象か」と聞くと、もっとも多く登場した人物を答えたとのこと。
理由も考察されているが、思うにそれよりもこの事実を私たちがどう活かせばいいかが重要だ、うん。
(関係ないが、物事の理由を考えるのが理学、事実を活かすのが工学だと思う)
つまりはやはり接点を多くすることが肝要という結論を得た。
積極的に遊びに誘ったり、お話したりしなければならないのだ。
ただ、遊んだりお話したからといって成就するわけではないことも、経験上よく知っているんだよなぁ。。。
P.S.
同サイト、FireFoxでは文字化けするので本を買ったほうが読みやすいよw
仕事をうまくやるというのはどういうことだろうか。
これには次の二面があると思う。
特に時間は重要だ。
結果が優れていても、締め切りに間に合わなくてはまったく意味をなさないこともある。
また、早いからと言って結果が水準以下ではダメなのはいうまでもない。
では結果は当然求められるレベルに達するものとして、時間を短縮するにはどうしたらよいだろう。
どれも当たり前のことだが、自分流に落とし込んだ上で定着させるのは中々に難しい。
私はいつも2ができず余計に時間をかけてしまう。
これを改善するにはどこまでが水準かを知る必要があり、何が大事で何がそうでないかを見極める力をまず磨かなくてはならないだろう。
とか思いながら本屋をぶらついていたら、こんな本を見つけたので読んでみた。
「整理する技術が面白いほど身につく本」(壺阪龍哉 著、中経出版)
類似の整理ハウツー本を読んでいる人には多分凡庸な内容だとは思うが、「整理とは整頓とは違う。整理とは、不要なものは捨て、必要なものに素早くアクセスできるようにするための創造的破壊活動だ」というコンセプトから話が展開されているのが面白い。
また、情報の賞味期限という考え方も面白い。
何でも「あとでまた使うかも」なんてやってみたり、必要でないのにとりあえず手元においてみたりするのは、利用ではなく所有が目的になってしまっていると指摘し、不要になったら捨てよと説く。
読んでいて何とも耳が痛かった。
まずは時間の使い方を整理してみたいと思う。
時々頭の中でワーッという群集の声が聞こえることがある。
いや、声というか、ただ頭の中というか耳の中がワーッとなって心臓がバクバクするのだ。
その音は何かを言うでもなく、ただワーッとなる。
そしてしばらく私は、漠然とした不安と無力感に苛まれるのだ。
この頃はあまりなかったのだが、先日休日出勤した時久しぶりにワーッとなって、電気が消えて窓から差し込む明かりの薄暗いその空間の前で、しばらく立ちすくんでしまった。
久しぶりの感覚を思い出したついでにグーグル先生にいろいろ聞いてみたら、一種の幻聴であることはあるようだ。
まぁ、私は何年も昔からこうだし他の心配もないのであまり気にしていない。
しかし、Webにはもっともっと様々な悩みが書いてあって、苦しくなる。
だが、私が心配なのはこのような心の病気を持つ人々に対峙した時。
自分は平静でいられるだろうか、病気を受け止めて支えになってあげられるだろうか。
図書館で本を借りて少し勉強を始めてみた。
物事を知っている、ということには大きく2段階あると思う。
「知らない」レイヤ、「知っている」レイヤ。
もちろん始めは「知らない」レイヤから始まる。
始めは何も知らないから、どんどん吸収して知っている気になってくる。
楽しいし、覚えたことを周りにいろいろ自慢してみたりする。
しかし、ある程度物事を知るようになると、その奥に続く深い部分が見えてきて、急にあぁ何も知らないんだなぁと思う時が来る。
これが「知っている」レイヤの入り口。
ここから上がっていくのは苦しく、自分との戦いになる。
「知らない」レイヤでは、知らないがゆえに知っているような気がして、
「知っている」レイヤでは、知っているがゆえに何も知らないことを思い知らされる。
ソクラテスの無知の知も、そういうことなんだと思う。
自分は何を知っているだろう。
わがThinkpad X41tabletには指紋認証機能がついている。
はじめは喜んで使っていた。
しかし、私はちょっとした特異体質で手の皮がむけやすい。
このため、指がきれいで指紋くっきりということが少ないのだ。
こうなると10回スキャンしてもなかなか認識してくれない。
それでも20回くらい試してみる。
それでもだめ。
この日はパスワードログイン。
その後も懲りずに何度も試してみたが、最近はもうあきらめた。
はじめから素直に昔ながらのパスワードログインをしている。
きっとこういう人はほかにもいるような気がする。
どうしているのだろう。
テクノロジーもまだまだバリアフリーではないということか。
私は時間のメリハリがない。
仕事は気分でダラダラやってしまい、優先すべきものが後になって帰りが遅くなったりする。
早寝して明日早起きすれば、頭も冴えて良い仕事ができるはずなのに、もったいないからといって夜更かししてしまい悪循環に陥る。
連日ダラダラ残業のため、自分の時間をとることができないため、趣味で気晴らしもままならない。
そんな私を評した、とある女史の言葉。
「生活IQが低い」
なかなかウマイ表現だ。
反省しよ。。
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